株式会社ニッポンから追放された「放浪系」の人間
ダグラス・クープランド(江口研一訳)『神は日本を憎んでいる』(角川書店)
ダグラス・クープランドは、人々がスピリチュアルな生きがいを実感できるのが、 ブランド品のバーゲンセールとか、スポーツやコンサートや海外旅行のチケットの入手とかいった 「ショッピング」しかなくった時代(ハイパー消費主義の時代)に、文学の世界に彗星のように 現われた表現者である。そうした「ショッピング」文化にどっぷりつかった六〇年代生まれの 団塊ジュニアたちを「ジェネレーションX」と命名したのがかれであり、 その若者の生態をエスプリのきいた新語やフレーズと、マンガチックなイラストで描いたのが、 同名の小説である。
こんどの作品は、「ジェネレーションX」の弟や妹たちが主役である。 つまり、ポストバブルの九〇年代に青年期に達したニッポンの若者たちだ。 語り手は、一九七五年埼玉に生まれたヒロ・タナカ。この小説は、語り手の高校時代から 三十代はじめまでの物語だが、定職をもたない典型的なフリーター。ヒロと呼ばれるこの男、 大学受験に失敗し、おきまりの専門学校を出てから、アルバイトとしてケータイショップや ファミレスで働いたり、嘘くさい百科事典の編集に携わったり、短いスパンで仕事場をわたり歩く。 いわば「放浪(ノマド)系」の人間だ。終身雇用の神話が崩れて、かれらの親である 団塊世代がぞくぞくとリストラの嵐に呑み込まれているのをみれば、途中であえなく墜落するかも しれない「ジェット機」に無邪気に乗っかる気もしなくなるのもうなずける。 定年退職など、遠く非現実的な目的地に見えるから。
そうしたシステムの本流から見離された「辺境人」だからこそ、 ニッポンの社会の歪みも見えてくる。たとえば、この作品は、 ニッポンの現在の文化を鋭く突いている。電子レンジとプラスティック容器に象徴されるコンビニの ジャンクフード。あいもかわらぬ外人コンプレックスにブランド志向。 そうしたニッポンの歪んだニッポンの日常を過剰なデフォルメとパンチの利いた諷刺 によって切り取る才能はすごい。マイク・ホワットソンのカラーやモノクロのイラスト もほぼ半数のページを占めていて、ビジュアル本としても楽しめる。というか、 イラストがないと楽しめない本かもしれない。
確かに、夢を抱けないヒロが自分たちのことを自嘲ぎみに 「角砂糖の上を這う蟻」だと自己定義したり、トレンディな服や髪型に金をつぎ込むのを やめられないことを「渋谷病」と名づけるなど、おもわずうまいなァと感心させられる。 だが、そうした著者の鋭利なコピーライター的な才能は、小説家としてプラスに働くとはかぎらない。 ながく持続する読後感を生み出すようなものを作りだすのをはばむことだってある。 この作品を読んで何が残るかといえば、三ヶ月後には何も残らないのではないか。 この作家は日本をよく知る知日家かもしれないが、ダメな日本人を小説の主人公に仕立てるほど の力量はない。たとえば、同じ埼玉の高校生を主人公にした『共生虫』の村上龍のように、 ドロップアウトした若者に憑依するほどの「狂気」の欠けらもない、とおもった。
(『すばる』2002年3月号を改稿)