ジョナサン・サフラン・フォア『エブリシング・イズ・イルミネイテッド』(ソニー・マガジン)
越川芳明
昨年、大統領選挙をめぐるドタバタ騒ぎで世界中に政治家のおばかさん加減を知らしめたウクライナ。歴史的にポーランド王国に属していたこともあったり、ロシア帝国に属していたこともあったり、またその両国に分割されていたこともあったり、また近くはソビエト連邦に属していたり・・・。そんな大国に翻弄されるウクライナの、ポーランドとの国境地帯を舞台にして、ときにスパイシィな皮肉をいっぱいきかせ、ときにエロティック・コミックの下半身中心の語りで書かれたこの小説、でも、テーマはぐっと重たいホロコースト(ユダヤ人虐殺)だ。
こういうと、コミカルなタッチで描かれたホロコースト映画『マイ・ライフ・イズ・ビューティフル』を思い出す人もいるだろうけど、ストーリーはあれほど単純でないし、退屈でもない。
スクリーン上のリンクをクリックしてあちこちのHPを勝手気ままにネットサーフするデジタル世代の若者が、東欧出身の米国ユダヤ人の自己探求+東ヨーロッパの近代史の問い直し、といったトピックで紙面上の活字上を渡り歩くとこうなるのか。そう思えるほどに語りのテンポは軽快というかちょくちょく移り変わり、断片的な情報が満載で、しかも先が読めない。
端的にいって、語り手はふたりいる。一人は作家と同じ名前をもつユダヤ系アメリカ人のジョナサンで、かれの語る物語はマジックリアリズム的な歴史小説の装いをもつ。一七九一年から一九四三年までのウクライナのユダヤ人居住区(シュテトル)を舞台にした、ジョナサン自身の祖先たちの系譜物語だが、ジョナサンの想像の産物ということになっている。I・B・シンガー顔負けの、イディッシュ語の口承文芸の伝統に裏打ちされた法螺話や、エロティックな性遍歴や、法外なドタバタ事件が次々と展開し、量的にみても、このセクションの物語が十八個で一番多く、この作家の力量がいかんなく発揮されている。
もう一人の語りはアレクサンドル・ペルチョフ。一九七七年生まれのウクライナ人の大学生という設定だが、父が東欧を訪れる米国ユダヤ人向けの旅行業者をやっていて、その父に命じられて、かれは盲目の祖父をドライバーにしたてて、69(シックスティナイン)が好きな変態の雌犬<サミー・デイヴィス・ジュニア・ジュニア>を引き連れて、ジョナサンのルーツ探しに通訳として同行。アレクサンドルの語る物語は、全部で八つあり、いわばルーツ探しの同行記にあたるのだが、かれの語り口の珍妙さがこのセクションの特徴だ。「ぼくは前から自分のことを性能のつよい男性だと思っている。信じていただきたい、ぼくは女の子にもてもてで、どの娘からも異名をとっているのだ(中略)。大学の英語の二年め、ぼくは無鉄砲に成績がよかった。担当の講師は頭がみそくそなので、これはとても壮大なことだった」
この青年、女とセックスするという代わりに、「まぐわる」という言葉を使う。なぜなら、やがて米国に留学したいというのがかれの夢で、「類義語辞典」で語彙を増やしているだけだから、変てこりんの英語になってしまう。とはいえ、こうした間違った用語法が笑いの対象にしかならないのでなく、むしろときにネイティヴのアメリカ人へのキョウレツな批評にもなりうるという、といった作者一流の逆説も言外に隠されている。それは、ジョナサンの物語に対する小説内の批評ともいえるアレクサンドルのジョナサン宛ての手紙に率直にあらわれる。
ウクライナのユダヤ人は、ほぼ全員ナチスに虐殺されたといわれている。が、虐殺にかかわったのは、ナチスだけでない。一般市民(この場合、ウクライナ市民)の罪意識も同時に問う、「ホロコースト文学」のスタンダードナンバーも、アレクサンドルの祖父の自殺という形で奏でられる。だけど、ジョナサンの祖父サフランと、ユダヤ人よりさらに周縁人のジプシー娘との恋愛を書き込むことで、この小説がユダヤ民族バンザイ調になっていない点が一番の救いだ。
(『STUDIO VOICE』2005年2月号)