今月のひと キャリル・フィリップス
キャリル・フィリップス(1958年生まれ)は、これまでに小説6冊、ノンフィクション3冊を 刊行している実力派の中堅作家だ。今年(2002年)の11月中旬に初の来日をはたし、 まるで季節はずれの台風のように、あっという間にやってきて、あっという間に去っていった。
かれを知ったのは、7、8年ほど前に神田の東京堂という書店で偶然手にとった一冊の英語の 小説がきっかけだった。それは、どうでもいいような小説を何百冊と読んできてようやく探り 当てた宝だった。ぼくは詳しい経歴も知らないこの作家について、そのとき直感した。 この作家は、国境三部作で知られる米国のコーマック・マッカーシーと同じように、ポストモダンの 物語形式を採用しながら、“越境(クロッシング)”の意味を根源的に問い直す作家である、と。 いわゆる“ポスト植民地主義の作家”といった、ありきたりのレッテルでは収まりきらない小説家で ある、と。
あとから知ったフィリップスの経歴についていえば、国籍はイギリスだが、生まれはカリブ海の 小国セント・キッツ。生後数ヶ月で白人労働者階級の住むイギリス北部の町に移住し、そこで 少年時代をすごす。「カリブ海がぼくの生まれ故郷だけど、マンゴーがどんな木になるのか、 イメージがわかなかったよ」という、真面目とも冗談ともつかぬフィリップスの言葉に象徴される ように、青年期に達するまで、自分自身が「イギリス人」であることを疑わなかった。 大学は、オックスフォード大に行き、英文学を学ぶ。現在は、米国を活動のベースにして、 ロンドンやカリブ海だけでなく、シンガポールをはじめアジア各地にも足を運んでいるらしい。
――いま、ニューヨークに住んでいるということですが。執筆もニューヨークで?
「いや、タイのホテルだよ。そこへ行けば、日常生活から完全に切り離されるからね。 『川を越えて』(1993年)以降、だいたい二年に一度ぐらいのペースで行っている。 夏の時期を創作に当てることにしているんだ。その時期は、仕事の旅をひかえて、 執筆に集中する。ホテルにこもって昼に寝て、夜に執筆するというサイクルをとる。 午後四時頃に朝食をオーダーするから、ホテルの人は、ぼくが前の晩にパーティか何かで 遊び疲れたのだと思うらしい(笑)」
フィリップスは、『川を越えて』や『ケンブリッジ』(1991年)などの小説で、イギリスから カリブ海へと大西洋を旅するビクトリア朝の白人女性や、イギリスに駐留する米国の黒人兵士の子を みごもる白人女性を語り手にすえるといった離れ業をみせる。それらの物語において、大西洋は 単に地理的、政治的な「境界」のみならず、精神的かつ物語学的な「境界」のメタファーとしても 読める。というのも、登場人物に関していえば、大西洋を越えて異世界へ移動する旅が白人であれ、 ユダヤ人であれ、黒人であれ、旅人にどのような精神的変容をもたらすかを探求するのが、 かれの小説の大きな特徴でもあるからだ。と同時に、フィリップス自身も、 たとえば非=黒人の女性の視点から世界を見るといった、人種や性の「境界」を乗り越える語りの 挑戦をみずからに課す。そういった二重の意味で、かれの作品はすぐれた境界侵犯の越境 (ノマド)小説なのだ。
――あなたは初めから「故郷」を喪失しているという意味では、インターナショナルな 「ホームレス」作家であり、しかし同時に、カリブ海、イギリス、米国のすべてが「故郷」と 考えられるという意味では、初めからイギリスの「国民作家」であることを放棄した新しい タイプの作家ともいえますが。
「確かに、文化的背景から見て、ぼくは多様かつハイブリッドな作家といえるかもしれないけど、 アーティストが“すばらしいインターナショナルな放浪者”であるというのは、どうも信じられない。 あらゆる芸術家というものは、ごく個人的な、特定のローカルな問題に取り組むものだからね。 ぼくの場合、そのパーソナルな問題というのは、自分自身が文化的な混交性を認めない社会で育った ということなんだ。英国社会は、とても排他的な社会で、つねに狭い視野から世界を見ようとする 傾向がある。自分と同じ顔つきをしていない人々の存在を認めるのが大変難しい社会で、 顔つきの違う人々をどう扱っていいのか、わからない。“違う存在”を絶えず問題視してきたからね。 で、“違う存在”そのものであるぼくの、作家としての仕事というか責任の一端は、そうした 社会に向かって、違うということはぜんぜん問題じゃない、やがては誰もが文化的にハイブリッドな 存在になるんだよ、ということを発言することじゃないか、と。そして、若い世代に向かっては、 社会がはめこもうとする型にきみ自身を押し込まないように、ともいいたい。自分の アイデンティティに対して行なう最悪なことは、複合体の一部を否定してしまうことだからね。 複合体こそきみ自身の本質なのに。こんにち、われわれが住んでいる世界にあって、 “純血”と呼ばれるものに後退するのは、まったく馬鹿げたことだけど、だからといって、 作家が直ちにローカルなものを離れて、一気にグローバルにならなきゃならないという考えも おかしい。さっきもいったように、作家が扱う問題というのは、ささいで特殊な問題だからね」
十八世紀の奴隷貿易がもたらした「黒い離散」というテーマは、小説『川を越えて』の 中心テーマだが、黒人問題は黒人にしかわからないといった本質主義者の立場はとらない。 むしろ、たとえば初期の紀行エッセイの傑作『ヨーロッパ族』(1987年)や小説『血の性質』(1997年) において顕著なようにそうした黒人の悲劇の歴史をヨーロッパにおける少数民族差別、 ユダヤ人差別の歴史とリンクさせて考察する点がかれのすぐれたところだ。 フィリップス自身が『新しい世界のかたち』(2001年)で触れているように、祖父や祖母の中に ユダヤ人やインド人の血も混ざっていることが必然的にかれにそういうスタンスをとらせるの だろうか。
「正直なところ、これまで黒人作家はインターナショナルな読者をあまり獲得してこなかった。 というのも、黒人作家とは、つねに人種問題と抵抗のテーマを扱う者だと見なされてきたからだ。 それがいま変化してきて、非=黒人の人々、白人たちが理解し始めた。黒人作家の中に、しばしば かれら自身との共通点があるというふうに。その昔、二、三世代前には、黒人の顔が載った本を 見ると、ただちにこれはわたしの本じゃない、とかれらは判断した。人種差別についての本だ、 暗い本だと決めつけてね。自分たちの社会にとっても重要な問題を提起しているかもしれないのに。 それが、いまぼくたちが生きているような時代になって、ひとついいことは、世界の作家同士が、 世界の作家の強迫観念やテーマ同士が互いに語り合いはじめたってことじゃないか。 人種にかかわりなく、国籍にかかわりなく。きみもそうだけど、ラテンアメリカの作家もロシアの 作家も、ぼくの作品を読んでくれて、それがただの“人種”の物語だとは思わない。“人種”の 物語以外の何かを読み取ってくれる。これは比較的新しい現象だと思う」
――ところで、あなたは日本作家の中でも、とりわけ遠藤周作に興味を持っているとのことですが。
「ぼくは社会のちょっと外に置かれた作家という概念に興味があってね。遠藤周作は、 ちょっとだけ社会の外部にいた。と同時に、かれは旅をした作家で、第二次大戦後にフランスに 行った。旅については、それが経済的な理由による移住であれ、政治的な亡命による移住であれ、 教育的な目的による留学であれ、旅はその人間を変え、世界観を変える。遠藤の場合も、 そのことが当てはまる。そこに興味を覚えたのだ。確かに遠藤は、カトリックであるということで、 ちょっとだけ周縁的状況に追いやられていた。だけど、旅をするという経験も、かれの面白い 側面だといえる。それと、他の日本作家にもいえることだけど、遠藤にとりわけ見られるのは、 社会に対してほとんど残酷なというか、シビアなまでの倫理的ヴィジョンを持っていることだ。 何が正しくて、何が間違っているかということに夢中になるあまり、大和魂のような、 オーセンティックな精神性を欠くことになる。こうしたテーマに、ぼくはとても興味がある」
――ヨーロッパの英雄的なイエス像とちがって、遠藤のイエス像は見た目がみすぼらしいのが 特徴ですが、そうしたイメージにあなたは社会の周縁性を見たりするのですか。
「イエス・キリストを直接、題材にするような遠藤の小説には、それほど興味はない。 それが遠藤自身の切実な問題であることは認めるけど、ぼくの興味はかれが日本社会について書く、 そちらのほうにあるからだ。『スキャンダル』や『海と毒薬』といった小説だね。あるいは、 『深い河』みたいに、抑圧のきつい社会において、強烈なモラル意識を問う小説だ。 それに対して、『沈黙』のような、熱心に宗教の問題に取り組んだ小説は、 それほどぼくの興味を惹かない。ぼくの興味は、日本社会や戦後に日本人が抱えこんだ問題に ついて書かれた作品のほうにある。ここが日本人の問題だ、ここが日本社会の問題だ、と 遠藤が厳しく問いつめる小説のほうに。何年も前から遠藤の作品はメモをとりながら読んできた。 これまであれこれ口実をつけて書かないできたけど、ついに次のノンフィクション作品で書くこと になるかな」