混交と交差こそが創作の拠点--インタビュー キャリル・フィリップス
キャリル・フィリップスガブリティッシュ・カウンシルの招きで来日した。 一週間の滞在中に講演を四つもこなすというハード・スケジュールで、ぼくの インタビューはなんと来日したその日の午後だった。かれは中年の先鋭的なロ ック・ミュージシャンを髣髴とさせるようなトンがったいい顔をしている。と 同時に、その顔には、自分の感情を簡単には外に表さない内省的な文学者に特 有の、謎めいたところもある。こちらの質問に、それほど声量の高くない声で 、それでも一言ひとこと噛み砕くように答える姿勢が印象的だった。
――ブラック・ミュージックの世界性についてどう思われますか。ポストコロ ニアルの思想家ポール・ギルロイは、たとえば、英国でのレゲエとかアフロ音 楽を、生誕の地から離れたところで独自の発展をとげたものとして積極的に評 価しているようですが。
「英国のロックはともかく、現在の米国のラップ音楽、ヒップホップには、ち ょっとひっかかるものがある。そもそもラップ音楽とかヒップホップというの は、真剣な政治的抵抗の表現として生まれてきたもので、七〇年代後半から八 〇年代にかけて、社会の中でないがしろにされてきた都市生活者の怒りが、音 楽を通して表現されたんだ。カリブ海やヨーロッパでは、レゲエがその役割を はたした。米国にはヒップホップがあり、それが硬質なラップへと変容した。 ひっかかるところがあるというのは、ラップやヒップホップがオープンである ということなのだ。本と同じように、大企業によってオープンに売られている という意味で。ひとたびこの形式が莫大な利益をもたらし、購買者の七五パー セントが白人の子供たちだとわかると――市場に膨大な購買層がいることがわ かると――そうした音楽形式の正しいありようなど、どうでもよくなる。膨大 な白人購買層のニーズに合わせて、わざと野蛮で、ばかげた物言いをする連中 が出てくる。女であれば手当たり次第“ビッチ”と呼んだり、おれの家族は互 いに“このニガー野郎”といって罵倒しあうとか。一言でいえば、声高に煽り 立てるだけで、政治的な抵抗など、どっかに行ってしまった。そこにあるのは 、抵抗の“身振り”だけだ。中身がからっぽな“ごっこ”だね。
――キューバ系の「オリチャス」というヒップホップのグループがいますけど・・・。
「一部のヒップホップはわるくないけど、どうも最近は人々が古臭いと思うような 音楽ばかりを聞くようになってね。スティービー・ワンダーとかマーヴィン・ゲイ とかカーティス・メイフィールドとかいった、七〇年代から八〇年代の、歌詞の内 容がしっかりした曲だけど。かれらの曲は、いまのヒップホップの連中よりずっと タフな内容をもっていた。米国社会への批判的なコメントになっていて。そもそも 、ヒップホップでいちばん重要な点は、その音楽形式を他の人々に提供したという ことだ。マクドナルドと同じで、典型的にアメリカ的な現象なのだ。市場調査をし て、戦略を練る、この場合、音楽的戦略だけど。それで、有望な市場があると踏ん だら、その形式の中になんでもいいけどきみ自身の、まあ、キューバでもいいし、 ドミニカでもいいし、ベネズエラでもいいし、ブラジルでもいい、とにかくきみ自 身の何ものかをつぎ込む。そんなわけで、ブラジルでもどこでも、それぞれの国の ヒップホップ・バージョンができあがる。それはそれで構わない。アメリカの輸出 物でありながら、中身があって、何かいうことがあるわけだから。
いちばん困るのは、社会に向かって真剣な問題を問いかけるんじゃなくて、ただ “不良少年”のイメージだけをバラまく音楽だね。たいてい、その内容といえば、 “おれをてこずらせる女”のことばかりで、世界の思想じゃない。きみのいうキュ ーバのヒップホップ・グループがまだ政治性をもっているんだったら、それはすば らしいことだし、マクドナルドもないよりはあったほうがいい、ということになる。 別にファストフードを食べる必要はないけど。
――少し前に、日系イギリス人作家、カズオ・イシグロが来日しました。かれの面白 いところは、もともと作家志望でなく、作家になる前はロック・ミュージッシャンだ ったという点です。あなたの場合は、運動選手だった、と聞いていますが。
「かれのことはよく知っている。かれがロック・ミュージシャンになりたかったという 点は共感できる。ぼくも、少年時代は作家志望ではなかったからね。きみが黒人の少年 で、六〇年代の英国社会に連れていかれたとしよう。最初に必ず教師たちがきみにやら せたがることがある。それは“ボールを蹴る”ことなんだ(笑)。教師たちは、きみの 頭脳のことなんか、考えちゃいない。だから、きみがもっとうまくなりたいと思って、 そのことを教師にいったりすると、ワナにはまることになる。幸運なことに、ぼくは教 師たちが考えるほど運動能力に秀でていなかった。ある時点で、プロにはなれないだろ うということがわかったんだ。で、教師たちはあきらめた。それがよかったと思う。
もしぼくが白人の少年だったら、同じような“励まし”を教師たちから受けていなかっ ただろう。なぜなら、三〇年前の英国だと、教師たちはアメリカのスポーツ競技を見て、 ぼくがやれるんじゃないか、と思っても不思議じゃなかったからだ。教師たちはみんな白 人だったし、生徒も九五パーセントが白人だったからね。もっとも、ほかの生徒たちには わかっていたんだ。ぼくがそんなに優れた運動選手じゃないってことが。わかっていなか ったのは教師だけだった。それでも、スポーツは嫌いじゃないし、いまでもよくジョギング するよ。一年に二度マラソン大会に出たりもするし」
――ところで、あなたはあるところで、たとえ舞台がカリブでなくても、書くものすべてが 「カリブ的」になってしまうといっていますが・・・
「カリブ的なテーマで重要なのは、“混交”であるということなんだ。カリブ海では、誰も が混交の所産(ルビ:ミックストアップ)で、誰もが“文化的な不純さ”を抱えているんだ。 カリブ海には、“純血”など存在しない。それに、ぼくが書いているようなタイプの本では、 どれもが“不純さ”を称える。ハーフであることのどこにも、わるいことなどない。半分スイ ス人の血が混じっていたり、半分オーストラリアの先住民の血が混じっていたり、半分中国人 の血が混じっていたりすることに、わるいことなどない。そのこと以上に、ぼくの本がいおう としているのは、世界はもっと複雑で、われわれはいま“古い境界“を越えて、互いに語り合 っているのだということ。人種や国籍の境界を越えて、互いに明確に、情熱をこめて語り合い つつある。そうしたことは、これまでカリブ海では当たり前のように起こってきたことなんだ 。というか、そうするしかなかったともいえる。というのも、カリブの島はどれも小さくて、 それ以外の選択の余地がないんだからね。
――それで思い出しましたが、昔、ある哲人がこんなことをいっていますよ。「異国の土地を 故郷だと感じられる人は逞しいが、それだけでは充分ではない。世界のどこにも故郷はないと 感じた時、人は完璧になれる」と。
「なるほどね。でも、ぼくに言わせてもらえるなら、“No place in the world is alien to me.” ( 世界のどの場所も、ぼくにとっては異国ではない)ということになるかな。数週間前に、 NYでデレク・ウォルコットに会ったのだけど、デレクはカリブの小国セントルシア出身で、どの 作品でもつねにカリブ海を創作の拠点にしている。ローカルな拠点なのだけど、同時にそれが “世界”の象徴になるような作品をかれは書く。で、ぼくの場合、デレクがいうような意味 で、創作の拠点となるところはどこかな、と考えてみたんだ。で、アフリカでもカリブ海で もなく、イギリスでもなく、むしろそれらの交差点というべき“大西洋”が自分の創作の拠 点だということに気づいたんだ」
(『世界』2003年4月号)
Text by Yoshiaki Koshikawa Design by OKADA Tomoyuki
May.18, 2003