鶏は焼き鳥にしろ!
フェルナンド・メイレレス『シティ・オブ・ゴッド』
去年、メキシコの『アモーレス・ペロス』に狂喜した人には、これは絶対におススメの映画だ。メキシコのスラム街の主人公は、黒い闘犬をはじめとする犬どもだったが、こんどのブラジルのスラム街の主人公は、いずれ焼き鳥になることを運命づけられた鶏どもだ。
冒頭のシーンに注目しよう。包丁が砥石の上でジョリ、ジョリと鈍い音を立てる。つづいてその包丁で人参が音もなくスパッスパッスパッと刻まれる。ほんの一瞬、目に見えぬ速さで鶏の首がさっとはねられる。生きた鶏が焼き鳥になるまで、対象の局部の動きだけをアップでとらえた映像が、すばやくメカニカルに展開する。さすが、メイレレス監督、わずか数秒の映像で勝負を競うCMの世界で鍛えてきただけのことはある。
大都会リオデジャネイロの貧民たちを題材にした映画だが、ハリウッド映画にありがちの安っぽいヒューマニズムに染まることはない。「鶏は焼き鳥にしろ!」と、一言で要約できるようなスラム街の掟を前にして、鶏ってかわいそう!などと甘っちょろい解釈を入れたりしないのだ。
そうしたスラムの掟を体現するのは、リトル・ダイス(長じてリトル・ゼと改名)。権力欲にとりつかれた冷徹な殺人鬼だ。警察を買収し、ドラッグ売買を取り仕切り、スラムの頂点に立つ。年端もいかないストリート・キッズが「ガキ軍団」を組織して、銃を片手に商店を襲う。スラム街の若いボス、リトル・ゼがその「ガキ軍団」にきつい仕置きをする。見せしめに一人の少年を撃ち殺し、もう一人の幼児の足を撃つ。このシーンだけでも、気の弱い「良心的な」人々は席を立ってしまうかもしれない。
でも、忘れちゃいけない。このリトル・ゼだって、「鶏」でしかないことを。最後のほうで、リトル・ゼは子分の「ガキ軍団」にあっさりと撃ち殺され、「焼き鳥」にされてしまうのだ。たとえリトル・ゼがいなくなっても、ギャング同士の抗争はつづく。そうしたスラムの現実を証言するのが、偶然のいたずらで報道カメラマンの道を歩むことになるブスカペ少年であり、この映画を血みどろの殺し合いの物語に収斂させない救い主だ。
リトル・ゼやブスカペ以外にも、個性的で印象的な人物たちが登場する。リトル・ゼと手を組んでスラム街に君臨するもワルになり切れないベネや、密通を働いた自分の妻を生き埋めにするパライーバや、恋人をレイプされ弟を殺されることでバスの車掌からギャングに変身するマネなど、誰もがスラム街の「鶏」の運命を背負っている。
サンバのリズムに合わせてガキどもが銃をぶっぱなし、鶏の咽喉もとがまるでダンスを踊っているかのように、小刻みにピクピク震える。ブラックユーモアをちりばめたクールな物語に、60年代から80年代にかけてのホットなブラジリアン・ミュージックを巧みにかぶせた映画、それがこの『シティ・オブ・ゴッド』だ。
有益なリンク
映画の公式ホームページ http://www.cityofgod.jp/
映画のサウンド・トラック http://www.shinseido.co.jp/yogaku/soundtrack/thecityofgod/
(『STUDIO VOICE』2003年8月号)