世界の端っこで、愛をさけぶ 

ピーター・ケアリー『ケリー・ギャングの真実の歴史』(早川書房)

越川 芳明

 片山恭一の『世界の中心で、愛をさけぶ』が、若い女性のあいだで評判らしい。中学生の娘も、友達に借りて読んだという。自分の勤めている大学で、二年生の男女一〇〇人に聞いてみたら、なんと読んでいる人が十一人もいた(ほとんどが女子学生)。村上春樹訳の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』のときも、似たような数字だったような気がする。

 どこが受けるのか、話題作を読んでみた。一言でいえば、青春恋愛小説である。二〇代後半と思われる男が語り手で、高校時代に白血病で死んでしまった女の子のことを回想するという話だ。小説の凝った仕掛けとしては、主人公とその祖父の二人の悲恋が相似形で語られるということぐらいだろうか。ストーリー自体はあっけないほどに単純で、「喪失」というモチーフが全編をつらぬく。誰でも大切なものを失うのは辛いから、柴咲コウならずとも、ついほろっとさせられてしまう。涙腺のゆるいわたしも、やられかけた。そういうところは、とても丁寧に書いているのだ。

 しかしながら、この小説の致命傷は、「他者」のまなざしが少しも感じられないという点ではないか。まるで<感動>がウリの安っぽいテレビドラマを見させられたような印象がぬぐえない。「他者」のまなざしというのは、たとえば、アキという名の、白血病で死ぬ女の子がなぜオーストラリアなんぞに遺灰を撒いてほしいと願うのか、すこしは考えてみようといった姿勢のことだ。四〇歳をすぎても、こうした無邪気な物語を平気で書けるなんて、いい度胸している!

 『世界の中心で、愛をさけぶ』で泣きそこねたあなたにぴったりの小説が、ここにある。どうしてアキがオーストラリアにあこがれたのか、よくわかるはずだ。冗談ではなく、『世界の端っこで、愛をさけぶ』と訳してもいいのだが、正式なタイトルは、『ケリー・ギャングの真実の歴史』という。オーストラリア出身で、ここ一五年近くニューヨークに住んでいるピーター・ケアリーの最新作(原作は2000年刊)だ。この小説、奇しくも、二〇代半ばの男が語り手(というか書き手)という設定で、自分の短い人生の出来事を娘に回想する形式をとっている。叶わぬ恋(というか叶わぬ結婚生活)をめぐる物語もある。

 しかし、時代は一九世紀の半ば、まだイギリスの植民地であったころの話で、舞台はオーストラリアの南東部、メルボルンのあるあたりの未開の奥地(ルビ:アウトバック)だ。ピーター・ケアリーは、すでに『イリワッカー』(1985年)や『オスカーとルシンダ』(1988年)など、虚実をないまぜにした幻想的で、スケールの大きい<歴史改変小説>によって、英語圏のガルシア・マルケスとも目される作家だが、本作は、かれの作品のなかでも最高傑作ともいいうるものではないだろうか。というのも、この小説、流刑囚移民の末裔からオーストラリアの歴史を語りなおしたポストコロニアル小説としても、社会の最下層の「悪党」を主人公にした冒険小説としても、オーストラリアの未開の奥地を描いたネイチャーライティングとしても読め、多層的な読みが可能であるからだ。あれこれ下手な理屈をこねるのをやめて、その特長をいくつか挙げてみよう。

 まず、ストーリーテリングの巧みさがある。マーク・トウェーンの『ハックルベリー・フィンの冒険』の語りを想いだしてほしい。こちらの小説の主人公エドワード・ケリー(通称ネッド)は、十二歳で父を亡くし、アイルランド流刑民の子として、オーストラリア社会の最下層に追いやられ、貧乏ゆえに学校へ行けない。ハックと同様、「無学」の語り手だ。「無学」だが、「無知」ではない。

 小説家は、まるで野ネズミが地をはいずりまわるかのように、低いアングルからこの世の中を見ることを自分に課す。たとえば、それは、奥地特有の比喩によって世界を切り取るネッドとその仲間たちの見方に表れる。「政治家がおれたちみたいなもんを弁護してくれると思うのか。あいつらにとっちゃおれたちは小麦粉につくコクゾウムシみたいなもんなんだぞ」と、ネッドの相棒のジョーが忠告する。一方、植民地を治める体制側のイギリス人たちは、ネッドにとっては、赤みがかったでっぷりした二重あごの生きもの(巡査部長)であったり、百キロはありそうな年とった豚(治安判事)であったり、ほそくて長いすじ状の鳥のフン(新聞社の編集長)であったり、弱い者に襲いかかってくるディンゴの群れ(警官たち)だったりするのだ。

 小説家は、かつて植民地時代にイギリス人の中傷や偽証によって「極悪犯罪人」に仕立てられたアイルランド流刑民の側に立つ。そして、社会の端っこに追いやられたのけ者たちの汚名を晴らしながら、「一九世紀半ばまではイギリスの流刑地で、その後にイギリス人が白豪主義をかかげてこの国を建設しました」といった、ありきたりのオーストラリア史をひっくり返す。この小説がきわめて現代的であるのは、アボリジニの精神世界だけでなく、たとえば、ネッドがさいごに米国南軍の戦艦とクーフリンの戦車を合体させたような一見奇妙な鎧をつくったみたいに、ヨーロッパの北の端っこから南半球の周縁に移植された(当然、変形を被った)アイルランドの伝説もまた、オーストラリアの誇るべき文化のひとつであるといったことをしめしたことだ。そこに、ポスト国家主義の時代のクレオール性が端的に表れているといえる。

 さて、イギリス出身の小説家ブルース・チャトウィンは、アボリジニの独特な世界観と記憶システムとに興味をもち、その探求の成果を『ソングライン』(1987年)という、すばらしい書き物に残してくれている。チャトウィンは、<砂漠>の放浪者(ルビ:ノマド)なので、中央オーストラリアの乾燥地帯をほっつき歩いた。そして、<人類のふるさとは砂漠にあり>という結論をひきだしてくる。「もし砂漠が人類の故郷なら・・・、われわれが緑なす牧場に飽きてしまうその理由を、所有がわれわれを疲弊させるその理由を、パスカルが人は快適な寝場所を牢獄と感じると言ったその理由を、容易に理解することができるだろう」と。

 『世界の中心で、愛をさけぶ』の主人公は、ケアンズ郊外の砂漠に行って、「四方を見まわしても、同じような風景ばかりだ」と、もらす。一方、チャトウィンの砂漠は一見なんの変哲もない土地なのに、アボリジニの詩がいっぱい詰まった心豊かな風景と化す。そして、ケアリーの描くオーストラリアでは、植民地の不正や圧制を反映するかのごとく、つねに大雨に見舞われ、川は氾濫し、やりきれない風景がつづく。そうした<風景>描写のなかにも、それぞれの小説家の力量が出ているではないか。

(『新潮』2004年2月号)