女性アーティストの喪失の日々をつづる
ドン・デリーロ『ボディ・アーティスト』(新潮社)
デリーロは阪神タイガースが優勝した85年、出世作『ホワイト・ノイズ』で、売れる 純文学作家へと華麗なる転進をはかった。それ以来、鳴りをひそめたダメ虎と違って、 『リブラ 時の秤』をはじめ、米国の社会問題をまるごと扱うような意欲作を発表しつ づけてきた。
そして、今度の12冊目の小説である。これまでの大作に比べると、あっけないほどの 小品だ。タイトルの<ボディ・アーティスト>とは、自分の体が資本のパフォーマン ス・アーティストのこと。名前はローレン・ハートケという。彼女は映画監督のレイ と結婚したばかりで、海辺の避暑地に家を借りて一緒に住むことになるが、ある朝、 夫は失踪し、最初の妻のアパートで謎の自殺を遂げる。
小説家は、借家に独り残されたローレンの喪失の日々をつづる。謎の青年が登場する が、それが孤独なローレンの妄想なのか、「事実」なのか、読者にはわからない。さ らには二人称と三人称を併用した、主人公の内面を重視した<語り形式>で書かれて いるので、読者はうっかり読み飛ばせない。
そんなわけで、あっけない小品とはいえ、これは果汁百パーセントの生ジュースみたい に、凝縮した散文詩と思ったほうがいい。冒頭に、風に揺られ巣にしがみつく「蜘蛛」 のイメージが出てくるが、それは突如不幸のどん底に突き落とされながらも、必死でこ らえようとするローレンのけなげな姿に他ならなかったのだ。
(『FIGARO japon』2003年3月5日号)
Text by Yoshiaki Koshikawa Design by OKADA Tomoyuki
May.18, 2003