「ファンタジー」で書き換える、もうひとつの世界史

アンジェラ・カーター『ブラック・ヴィーナス』(河出書房新社)

越川芳明

 アンジェラ・カーターは、『血染めの部屋』をはじめとして、大人向けの「ファンタジー作家」として知られている。一見素朴なおとぎ話にこそ、家父長制度の中で大切に温存されてきた男の欲望や抑圧が隠れているといった信念から、おとぎ話を大人向けの小説へと変換することに長けた作家だ。

 本書は八編からなる短編集だが、著者が素材として選んだのは、おとぎ話でなく、伝記や実話と称される類のものだった。幼い頃に役者だった両親をなくし、アルコール中毒で夭折した十九世紀米国の天才詩人エドガー・アラン・ポーとか、十七世紀英国の下男の娘で、幼い頃に両親を流行病でなくし、ロンドンに出てきて娼婦への道を余儀なくされ、その後も新大陸に渡ってインディアンのもとで暮らす女性とか、いわば孤児や孤児同然で波乱万丈の人生を歩む人物を主人公に据えた物語が目につく。

 たとえそうした伝記や実話を素材にしていても、著者の「ファンタジー」の翼が休むことはない。時代も舞台も多彩であり、たんに歴史や社会から疎外された者たちの声を拾うだけでなく、小さな寓話によって「世界史」の一部ぐらいは書き換えてやろう、という著者の大胆な野心が読み取れる。たとえば、表題作はロマン派詩人ボードレールの愛人の一人、黒い肌をしたジャンヌ・デュヴァルを主人公にしているが、著者は最高の皮肉をこめて、どちらが「詩人」にふさわしいかほのめかしながら、こう書く。「疎外を歌ったら、ほかに類のない偉大な詩人は、完璧なるよそ者に出会った」と。

 そして、ある伝記作者が娼婦デュヴァルは惨めな老後を送ったとの書くのに対して、カーターの物語は、むしろ彼女を人生の勝者に見立て、歴史の勝者たる植民地支配者にバチがあたるような絶妙なオチをつけて終わる。「ファンタジー」とは、現実から逃避するための道具ではなく、むしろ現実に接近する道具であることを端的にしめす好編だ。

(『琉球新報』2005年1月16日ほか)