越川芳明
茅野裕城子の小説では、デビュー作『韓素音の月』か間もなく刊行される最新作の『西安の柘榴』まで、それが何を指ししめすのか分からないまま、それゆえに外国語の文字のかたちや音に心を奪われる女性の主人公がよく登場する。まるで赤ん坊が玩具と戯れるかのように、言葉の物質性と戯れる主人公が。
とはいえ、主人公の女性は日本語を話す大人だから、ただ外国語と戯れているだけではなく、頭の中でトンチンカンな誤解もしていることがある。たとえば、中国語の「愛人」は、「妻」という意味なのに、日本語の意味で受け取るとどうなるだろう。頭の中であれこれ男への思いをめぐらす女性の、ときに滑稽味を帯びさえする強迫観念の世界。
ときどき、わたしはまるでアメリカ人作家ジェイン・ボウルズの小説を――アラビア語もまともに知らないのにイスラム世界の奥深くに入っていって自分自身を<イスラム化>したジェイン・ボウルズの小説を――読んでいるかのような錯覚にとらわれることがある。
だが、茅野の最新作『バービーからはじまった』は、小説ではない。カラーの図版がたっぷり組み込まれた、読んで楽しいバービー研究書だ。茅野は、小学生のときに二年間バービーにハマッたことがあり、数年前からこんどはインターネットのeBayというオークションを通じて百体以上ものバービー人形を収集し、さらに数多くの英語のバービー関連本や研究書(巻末に参考文献が掲載されている)も集めまくって、文字どおり<バービーちゃん化>した。その彼女が「わたし」の視点から、バービーの生い立ちや進化の過程を語った。それがこの本だ。
バービーに関して、この本で知ることができる基本的事項。@バービーの名前の由来は、マテル社の社長エリオット・ハンドラーとその妻ルースの実の娘、バーバラのニックネームである。Aバービーの第一号は、東京の下町の工場で作られた。Bバービーは、一九五九年に作られてから四十五年も生き延びてきたが、その間に「二度の決定的な変化」を遂げている。まず、六七年にツイスト&ターンの新しい顔でモッズ期のバービーにモデルチェンジし、さらに七七年に「チャーリーズ・エンジェル」の女優のような「スーパースター・フェイス」のバービーに転換した。
もちろん、その他にも六十年代前半はジャクリーヌ・ケネディがバービーのモデルだったり、また六十年代後半からはキャリア・ウーマンの頂点としての「宇宙飛行士」のバービーも登場したり、さらに八十年代には「ドールズ・オブ・ザ・ワールド」シリーズとして、世界の民族衣装をまとったさまざまな人種のバービーが出現するなど、つねに米国の時代意識を反映させている、といったことも書かれている。
とはいえ、小学生のガキの頃に、バービーなんぞで遊んだことがないあなたやわたしのようなオヤジにとって、この本は果たして面白いのか?
結論からいえば、絶対にイエスなんだな、これが。というのも、これは基本的にバービー本ではあるけども、バービーが「発明」された昭和三十年代の「東京物語」でもあるからだ。
昭和三十二年、ロサンジェルスに本拠を置くマテル社の一行は、当時日比谷にあった帝国ホテルに泊まった。バービー製作の可能性をさぐりにきたのだ。「なぜ、帝国ホテルを選んだのだろうか・・・。理由は簡単である、他になかったのだ。ホテルオークラもニューオーオタニも、ビートルズが宿泊した東京ヒルトン(現在のキャピトル東急)も、まだ、オープンしていなかった」
デザイナーのジョンソン女史も、その年の九月に日本にやってきて、帝国ホテルに一年以上も滞在して着せ替え人形の服のデザインに取り組んだ。そして翌三十三年に「四十八体の人形と数千組の着せ替え服セットが、横浜の港を出た」
茅野は最近やっとのことで、初期の#1バービーを手にいれて、こう言う。「わたしが、この小さな物体を、こんなにも懐かしく感じるのは、それが、アメリカのおもちゃ会社の人形でありながら、実際に作られた日本の、東京の、昭和三十年年代の記憶をも内包しているからかもしれない」と。
「人形が記憶を内包する」って?どういうこと? 茅野はバービーのモールド(金型)もプラスティックの材質も決まってなかった頃に、文字どおり試行錯誤を繰り返した日本人技師や会社(国際貿易)の関係者たちに取材してまわった。また、昭和三十九年の東京オリンピックのときに選手村が作られる代々木公園のあたりに、それまでは米軍キャンプがあったために、バービーが原宿のキディランドだけで売られていたといったことを教えてくれる知人が現われる。そうしたことが書かれているセクションを読むと、あなたやわたしも、ちょっとだけ重たい#1バービーのプラスティック・ボディに「昭和三十年代の記憶」を幻視できるようになる。
人形は喋らない。いっときは喋るバービーもあったらしいが、内蔵されている機械が壊れてしまうと<トーキング・バービー、ミュート>と表示されて、オークションに売りに出される。茅野の小説家としての才能がもっとも発揮されているのは、そんな喋らない人形に耳を傾けて、あたかも特殊な耳をもったシャーマンのごとく、ミュートの声を聞き出してくることだろう。それは、「#981 Busy Gal」のジョンソン女史や、「Talking Ken, Mute」のフランク・ナカムラの声を引き出すくだりに端的に見られる。
茅野裕城子がハマッたと述懐する、ネットオークションによるバービーコレクション。それは、おそらく最先端のテクノロジーと原始的フェティシズムとが融合した、現代人の信仰のあり方のひとつなのだ。石塚正英はいう。「ド=ブロスにおいては、生物・無生物それ自体を崇敬の対象とする信仰がフェティシズムである。これは、何か特別のものの象徴として刻まれる偶像への崇拝と決定的に異なる点であり、これこそフェティシズムのフェティシズムたる第一の特徴である」(『フェティシズムの思想圏』318頁)と。
何かわけのわからない超自然的な力の象徴として崇めるのではなく、モノそれ自体を崇める、それが原始的なフェティシズムのあり方だとすれば、インターネットを通じてその即物的なフェティシズムの世界にハマっていく現代人の心を、これほど興味深く覗きみさせてくれる本は他にない。
(『新潮』2004年7月号)