越川芳明
正直にいおう。これまでポール・オースターの長編小説は、どこか好きになれなかった。まるでジグソーパズルを一枚も残さずに完成させた絵ようなウソ臭さが鼻についたのである。長編小説にオチなどいらないのではないか、と思っていたのだ。
ところが、ご都合主義のように感じられた<偶然の連鎖>がこのエッセイ集では魅力的に感じられるから、不思議だ。差別や迫害から逃れるために出自を隠し他人の振りをして暮らすユダヤ人が好きそうな、こんな<よくできた話>が出てくる。
オースターの友達の友達にチェコ人の女性がいて、その女性は父を知らなかった。彼女が赤ん坊の頃に父は第二次大戦でドイツ軍に徴用されてソ連の前線に送り出されたまま、行方不明になってしまったからだ。女性はやがて大学で美術史を教えるようになり、そこで東ドイツからの留学生に出会った。彼女はこの若者と恋に落ち結婚することになった。結婚式をあげてから、夫の父の死を知らせる電報がきた。葬儀にでかけるために、ふたりは東ドイツに向かった。そこで明らかになったのは、彼女の知らない義父がチェコ生まれで、ドイツ軍に徴用されてソ連の前線に送られ、戦争が終わってからもチェコには帰らず、新しい名前を使ってドイツに住み、ドイツ人の女性と結婚して、ずっとドイツで暮らしたということだった。「夫の父がチョコスロバキアでは何という名前だったかを訊ねた彼女は、その答を聞いて、彼が自分の父親であることを悟った」。つまり、彼女は、自分の弟と結婚していたのだ。
「これは実際にあった話です」とわざわざ断わるのは詐欺師の常套手段だが、エッセイという形式を採りながら、オースターも詐欺師顔負けの巧妙な語り口で読者をその世界に引きずり込む。小説ではあれほど引いていたわたしなのに、いつのまにかその話術にハマッてしまっていた。それほど、小説家のストーリーテリングの妙技が発揮されている<よくできた話>集なのだ。
(『産経新聞』2004年3月9日)