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高橋源一郎氏特別講義レポート 詩と小説−−−我、ついに詩人となりぬ
2003年度の特別講義は、高橋源一郎氏を招いておこなわれた。テーマは「詩と小説――我、ついに詩人となりぬ」。明治にあらわれた高橋氏の長髪痩身の姿は、本の折りかえしの著者近影や日曜の競馬番組をとおして私たちが知っているとおり。越川芳明先生による紹介がつづくあいだずっとうつむきかげんのその姿はとてもクールで、会場の6割以上が女性というのもなんとなくうなずけた。近くは学部生、筑波大をはじめとする他大学、そして遠くはコロンビア大学からの客人も来ているということで、その注目度の高さがうかがわれる。 つい先日盛岡に行った、と高橋氏は思いのほか低くてよく通る声で話しはじめる。「岩手県競馬の未来を考える」というフォーラムに出席されたのだそうだ。いきなり競馬の話がはじまったからといって気をゆるめてはいけない。いかにも雑談風によそおわれていようと、氏の話はかならず文学についての省察へと舵をとる。そのエッセイを読めばわかるとおり、高橋氏はどんなものにも――スポーツにもテレクラにもAVにも――文学を見てしまう。まるで触れたものがかならず黄金になってしまうミダス王のように。地方競馬の話もいつしか現代の文学をめぐる状況と二重写しになった。つまり、閉塞感と衰退。その原因についてはいろいろなことが言われている。出場馬の二極分化と、それによるレースの質の低下。どこを見てもおなじようなレースばかりだから観客が飽きてしまったということ。「何を言われても『文学が危ない』と言われてるように思ってしまう」、高橋氏は含羞をこめつつそう語った。 百貨店としての小説家 いま詩を書いて発表しはじめたことの契機について、高橋氏は最初多くを語らなかった。詩は諸芸の王だからいつか挑戦しようと思っていた、瓢箪から駒みたいなもので、と韜晦する。しかし、つづけて話を聞いていれば、その決意はさきの「文学が危ない」という認識からきている切実なものなのだとわかってくる。小説の言葉があまりにも弱々しくなっている、そう高橋氏はつづける。現実の言葉――例えば女子高生雑誌に氾濫する言葉――とならべた場合、それは簡単に駆逐されてしまうようなものになってしまった。小説とはもっと野蛮で荒々しいものであったはずなのに。それは、小説における言葉と視点がいつのまにか「小説」という殻をつくり、そこに閉じこもりはじめたからではないだろうか。だとすれば、再び小説に活力を取りもどすためには、小説に新しい言葉をもたらすためには、もう殻を壊し世界を広げていくしかないではないか。
講義中に言明された高橋氏の自己定義は、とてもシンプルなものだ。自分は小説家で、小説家とは百貨店のようなものだ。三階で小説を売っていて、四階ではエッセイ、五階では翻訳、そういうありかたでいいと思う、と。さしずめ今回の特別講義は増床記念キャンペーン、つまり売り場拡大につき大サービスといったところだ。六階で詩をあつかいはじめるのである。来年は活動の中心にそれをおくという。 ずっと詩が書けなかった。高橋氏は告白する。たとえば小説のなかに詩人を登場させて詩を書かせるのはできるのに、いざ自分で書こうとすると書けない。じゃあ詩人が登場して詩をつくる小説を書いて、あとでその詩の部分だけを取り出せばいいのではないかと考えた。だけど結局はこれが発表されるんだよな、そう思うとやはり書けない。じゃあ高橋さん、と編集者が助け舟を出した。頭のなかで詩人をひとりこしらえて(ここで私たちはフェルナンド・ペソアを思い出していいはずだ)、そいつの作だということにして出しませんか?それもどうもできない。うんうん唸っているうちに別の注文が来てしまった。これは困った。そもそも、詩と小説の違いはなんだろうか。えーと「小説は人がでる、詩は人がでなくてもいい」これかな。 『通夜の客』 結局、高橋源一郎氏は詩を書き、私たちはその朗読を聞くことができた。『通夜の客』という短い一篇である。母の通夜に故人が好きだった芸能人がやってきた、そんな夢を見たという詩だ。さっきの定義でいくとこれは微妙だなあ、と氏は苦笑する。そして谷川俊太郎作『103歳の鉄腕アトム』を朗読し、その巧妙さに舌をまく。サイボーグって人なのか、そうじゃないのか。うーん、すごいですねこれは。自分で説明した定義から自分の作品が追放されてしまうというのはいかにも高橋源一郎的だけれど、実際、朗読された詩は重要なモニュメントだ。たしかに人は出てくるが、それはすべて夢のなかでの話だと最後に明かされる。じつは誰もいなかったのだ。さきの定義をあてはめると、この末尾で作品の場所は小説の領域から詩の領域へと反転する。これはまさに移行がなされたという詩だ。 詩人が小説を書きはじめるということは多くある。むしろ、小説家はだいたいそのはじまりにおいて詩を書いている。佐藤春夫、中上健次、梁石日などを私たちはすぐに思いうかべられる。詩人が若くして詩を止めるということも、有名な事例がたくさんあるだろう。まっさきに挙げられるのはアルチュール・ランボーとイジドール・デュカス。日本では中原中也。しかし、小説家が詩を書きはじめるというのは稀だ。古くにはハーマン・メルヴィルがいるが、この移行スタイルを選択するというのは、やはり大きな挑戦だ。詩の言葉と拘束を引きうけて、なおかつそれを打ち破ろうというのだから。しかも、そこで開拓した言葉と考え方をほかのジャンルへと移植するという野望もある。なみたいていの仕事ではないが、眉間に皺をよせてばかりいても仕方がないということは、高橋氏がいちばん良く知っているだろう。氏の語りは終始静かなトーンだったがユーモアに満ちたものでもあった。ではさしあたって私たちは、詩の世界の大型新人の作品を心待ちにしていよう。 高橋源一郎氏の講義は、2003年12月5日、明治大学リバティ・タワーの1031教室で行なわれた 2003年12月10日 文:岡田 智之(明治大学大学院博士前期課程) 写真:橋爪 美恵(明治大学大学院博士後期課程) |