1.なぜ労働教育を始めたのかー2年目の授業実践


2014年度に初めて都立G高校の「現代社会」の授業において、東京司法書士会と連携して労働教育の実践に取り組んだ。都立G高校は1学年8クラスの3部制(午前部、午後部、夜間部)の昼夜間定時制高校であり、授業も複数の教員が担当している。このため教科・学校・教科内での合意を得ながら「教科:公民・科目:現代社会」(1学年)で労働法と労働者の権利について学ぶ授業に取り組んだ。【東京司法書士会の出前授業担当者の実践報告はこちら

連携のきっかけは、私の前任校(都立高校定時制)における取り組みであった。(夜間)定時制高校は働く若者たち・勤労青年のための学校であり、生徒たちの多くが仕事をしている。「市民科・社会参加」(前任校の学校設置科目)の授業で、司法書士を招き法律教室を展開するなかで労働法の授業に取り組んでいた。担当した私がG高校に異動したため、引き続き司法書士と連携した労働法の法律教室を継続して実践することになった。その理由は、G高校のような昼夜間定時制高校もまた、多くの生徒たちがアルバイトをしていたこと、卒業生たちが就職だけでなく、進路未決定のままアルバイトを続けている生徒も多いことがわかったため、このような生徒たちにも労働法や労働者の権利を学ぶことが大切だと考えたからである。

継続して実施したのは、2つ理由がある。一つは、1年目(2014年度)の授業が多くの生徒たちにとってわかりやすく楽しい授業であったことが、事後の生徒のアンケートからわかったためである。もう一つは、授業のあと実際に司法書士への相談も見られたことなどから、その必要性について校内の関係教員からも継続して実施を求める意見があったからである。

また、2年目(2015年度)からは、日本語支援が必要な、外国につながる生徒の、現代社会の「取り出し授業」が始まったので、この授業も合わせて試みることにした。

2.準備のプロセス
綿密かつ効率的な打ち合わせ


授業準備は学校側から司法書士会の法律講座を申し込むことから始まる。この手続きを経て、司法書士会の法教育委員会が動き出す。最初に学校側と司法書士との打ち合わせの機会を持った。1年目(2014年度)は、学校の教員が東京・四谷の司法書士会館に出向いたが、2年目(2015年度)はG高校で開催した。最初の会合で、この授業の大まかな方向性を決めた後は、インターネット上にメーリングリスト(ML)を立ち上げ、情報の共有と教材の作成、意見交換等を行うことになった。このMLには、G高校の「現代社会」の担当教員と授業講師や担当の司法書士を登録した。

2年目はメンバーの変更に伴い、新たなMLを立ち上げ、登録者も再登録した。2年目は、授業最終日までに85回(1年目は98回)のやり取りを行い、授業後の連絡も含めると最終的には、109回(1年目は108回)のやり取りになった。このメーリングリストの活用によって、1年目の全体の会議は3回で済み、2年目の全体の会議も同様に3回(12月8日、1月13日、21日)で済んだ。ただし全体の会議以外に、授業の前後に、短い時間ではあるが、事前の調整や反省のための打ち合わせも持った。これは非常に重要で、この授業前後の打ち合わせによって、授業の指導案や計画、教材の修正を行い授業の改善を図ることができるのである。

念入りな教材準備・改善


 教材は、1年目のワークシートやロールプレイの台本を継続して使用した。しかし、授業での情報量が多かったので、内容を精選した。情報量を減らした場合に、早く進みすぎて、時間が余ってしまわないか心配する意見もあったが、結果は成功であった。

さらに、授業で用いる用語を見直して、生徒にとってわかりやすい用語に言い換えていくことをめざした。なぜなら法律用語や教科書の用語が、生徒にとって難しいからである。ましてや外国につながる日本語支援の必要な生徒たちにとって難解なことばが多い。抽象的なことばは具体的なことばに置き換えた。たとえば、「法律的」という用語は使わないように、わかりやすく言い換えていきましょう、となった。ただし、たとえば「労働契約書」の内容はそのままでよいのかどうか、書かれていることばをすべて易しい表現にした場合、実際に使用されているものとかけ離れてしまってよいのかについては、意見が分かれたが、実際に近い形のものを採用した。

以上のように、2時間(45分×2)の授業とはいえ、授業の進め方と内容から、ことばの用い方まで話し合い準備を重ねた。
             

3.学習指導案について


「現代社会」の年間計画では、6時間を労働法の単元に配当し、そのうち2時間を司法書士会の法律教室とした。これは1年目、2年目とも同じである。この学習指導案は、I高校での実践から引き継ぎながら、司法書士会と作成した案をたたき台としている。

その展開方法は、以下の学習指導案に示すように、①労働法の基礎(パワーポイント)を知る、②アルバイト先での雇用主(店長)との事例から(ロールプレイ)、③「労働契約書」の間違い探し、④相談活動の体験(ロールプレイ)である。2年目は、②のアルバイト先での雇用主(店長)との事例は、時間の都合上、カットしている。

その他には、ロールプレイの事例を変え、労働契約書の名称の項目も変更した。授業では、生徒にパワーポイントも映しながらすすめているが、その内容も修正している。

「現代社会」法律教室 労働法  学習指導案

1 授業のねらい

(1)労働問題に気づく
すべての人の尊厳が守られるため、事例を通して労働問題に気づき、働くうえでの人権の尊重とはなにかを理解する。     

(2)労働法があることを知る
日本国憲法の考え方を理解し、働くために必要な基礎的な法的知識を得る。
 
(3)労働法を使ってみる(相談する力、解決する力を培う)
労働問題の解決をめざして専門家・専門機関に相談する力を身につける
仲間同士の話し合いを通して、労働問題の解決をめざす姿勢を培う

(4)労働法がなぜつくられたのか、世界的な人権保障を知る
労働問題の歴史に触れることで人権尊重の歴史に触れる
労働法がなぜできたのか、その理由を考える。
日本国憲法と世界的な労働者保護のひろがりを知る
 ILO(国際労働機関)宣言を知り現代の労働問題の課題に気づく
  (労働組合の活動を認める、強制労働をなくす、児童労働をなくす、差別をなくす)
労働を通して、わたしたち一人ひとりが人類の歴史と世界につながっていることに気づき、人間的な労働をめざす生き方を考える。

2 授業の展開


公民科 科目『現代社会』(1学年2単位必履修科目)
単元『日本国憲法と基本的人権の尊重』『現代の経済生活と国民生活』
 「憲法と労働基本権」「労働問題と労働者の権利」(6時間)

 指導計画(全6時間)


3 授業日程



1~12の数字は、1時間目~12時間目を示す。 丸数字は、1日目、2日目、3日目を示す。

 

4.授業の様子など


授業をスリムにしたため、授業時間に余裕ができ、講師と生徒が対話する場面も見られた。講師の発問に対して生徒が答えた内容を展開していくことも可能になった。またロールプレイでは1年目の授業を見直し、机の配置や、イスの向け方などの改善により、生徒たちが集中できるように試みた結果、生徒たちの参加意欲が高まった。授業のさまざまな部分が改善されたことにより、全体として授業の質が高まり、生徒たちもより集中し、意欲的に授業に参加できた。

授業終了後に、生徒が相談に訪れるなど、労働法を知るだけでなく、自分のアルバイト先での問題点に気づき、解決への糸口を見つけようとした生徒がいたことも紹介したい。

授業終了後のアンケートから


終了後の生徒のアンケートを見ると(1年目:回収105名、2年目:回収140名)、「難しかった」は10%と16%、「ちょうどよい」が77%と79%、「簡単だった」が13%と5%、「楽しかった」が40%と45%、「ふつう」が60%と53%、「つまらなかった」が0%と3%だった。この法律教室が2年間を通して、生徒たちにとってわかりやすく、楽しめる内容であったことがわかる。

アンケート(ダウンロードリンク・PDF)
 
「難しかったこと」あるいは「印象に残っていること」として、「労働契約書」の間違い探しを挙げている生徒が多いのと(2年目はそれぞれ61%と31%)、相談している場面についても、印象に残っている生徒は38%となっていることを指摘したい。これは、講師の方ご自身のこととして、司法書士になるまでの苦労話や現在の仕事の様子なども、授業中にお話しいただけるようお願いしたことも、生徒の興味や関心を高め、授業によい影響を与えたからではなかろうか。

生徒が自由回答に書いたこと


自由意見欄への記述もこの授業によって労働法を初めて知った、気づいたなど、2年目のほうが多くのコメントが見られた。その一部を紹介したい。

「難しい漢字の意味など1つずつ教えてもらったので、理解して間違い探しなど楽し くできた。説明とてもわかりやすくてよかったです。」
 「もし自分がこまったら電話します。雇い主と雇われ者、本来は対等な立場。この事を 忘れてはいけないなと思いました。」
 「むずかしい話だけど分かりやすい授業だったと思う。」
 「私もそろそろバイトをしようと思っていたので雇用契約書の間違い探しではとても自 のためになったと思います。」
 「自分なりに法を調べたくなりました。」
 「いつもの授業よりおもしろくてよかった。」
 「バイトしているので色々なところで役に立ちました。また給料めいさいもらってない ので言ってみようと思います。」
「バイトをするのに役立つなと思いました。労働法の仕組みを知れて、とても勉強に なった。」

5.今後の課題について
外部講師との率直なコミュニケーションがカギ


 G高校定時制は、朝から夜まである3部制(8クラス)の高校であるが、このような大規模な高校で、「現代社会」の全クラスで司法書士と教員との連携授業を試みた。他校での実践を引き継ぎながら、継続して取り組むことができた。司法書士と教員の双方が多忙な中で、メーリングリストの活用は実に効果的であったことは強調してよい。
また「おまかせ」や「一方的な関係」にならないように、率直なコミュニケーションを心掛けたが、学校側としては、外部講師に「おまかせ」しないためにはどうすればよいのか、検証していくことが大切である。

継続は力なり――高まる授業の質/深まる生徒の学び


 労働法の授業を毎年継続することのメリットは大きかった。すでにある教材と授業案、さらに授業の経験があるだけでなく、1年目の反省点や課題を踏まえることができたので、生徒の反応を予測し、教材、授業の進行、役割分担、学校側の体制などがそれぞれ総合的にバージョンアップできたと言える。したがってこのような連携した授業はできる限り継続して取り組むことが望まれる。1回限りの出前講座を実施せざるを得ないこともまた、現在の学校のさまざまな制約のなかで仕方がないところもあるが、継続した取り組みによって、生徒たちの学びがより深まったことは確かである。
 さらに、この連携授業を、第三者の視点で評価を受け、その結果を踏まえ、フィードバックしていくことも重要である。この連携授業は、2年間とも公開しており、教員や司法書士だけでなく、労働教育に関わる研究者やメディアも見学している。こうした見学者の意見を聞く機会があり、この意見を受けて授業を改善していったことも指摘しておきたい。学校と司法書士会の連携から、さらに多角的な連携によって、今後の発展の可能性があると思う。