高分子材料の変形,破壊,疲労

1.はじめに

 材料の強度が問題になるのは,その材料が構造部材として使用されているからである.例えば,橋に用いられている鉄鋼材料,飛行機の外壁に用いられているジュラルミン(アルミニウム合金)等は,高い強度を要求される典型的な材料であろう.強度と一口に言っても,(1) 過負荷に対する抵抗,(2) き裂に対する抵抗,(3) 繰返し負荷に対する抵抗に分かれる.(1)は静的なら許容応力の大小,動的なら耐衝撃性,(2)は破壊靱性,(3)は疲労特性にそれぞれ対応しているが,耐衝撃性と破壊靱性は一般に相関がある.ここで(4) 剛性は変形に対する抵抗であり強度の特性ではないが,許容応力を上昇させる効果が期待できるため強度評価における因子の一つとなっている.

 私が高分子材料の強度に関する駆け出しの研究者だったころ(1980年代後半),高分子材料の機械的特性として剛性や降伏応力の向上が望まれる一方,耐衝撃性,それに関連して破壊靱性の向上も期待されていた.そのため工業的な有用性から高分子材料のこれらの強度に関する研究が積極的に行われた.しかし,き裂に対する抵抗としての(静的な)破壊靱性や疲労特性はまだ研究が本格化していないように感じられた.これは高分子材料が真の意味での構造部材として用いられていないことが遠因である.このころから複合材料が実用化され,その母材はエポキシ系の高分子材料であったので高分子材料も構造部材として捉えることができたかもしれない.しかし,実際には繊維を含んだ状態での強度が議論されたのであって,高分子材料そのものが構造部材として扱われることは少ないように感じた.

 あれから20年.高分子材料は身の回りに溢れている.例えば食品のパッケージとして他の材料を凌駕した.特にペットボトルの躍進は目覚しい.今やリモコンは居間に欠かせないアイテムであるが,この材料は軽いという特性が長所である高分子の独壇場である.家庭用のラジオ,テレビや掃除機の外装も高分子材料が利用されているが,むしろ高分子材料を利用していない電化製品の方が少ないのではないか?さらに軽量化のために自動車においても内装はもちろんのこと外装まで高分子材料が適用されつつある.ここまでくると「強度は必要ない」とはいえない.携帯電話を思わず落とすことは誰でも経験することだ.もし,一回落としただけで携帯電話が使えなくなったとしたら,もちろんそんな不幸な経験をしたことがある人もいると思うが,誰しも悲しむだけでなく怒りすら覚えるだろう.もはや高分子材料に期待されている強度特性は20年前のそれではない.

 本ウェブページでは,高分子材料の広い意味での強度特性について解説したい.あくまで著者の個人的な経験を基にしたものであり,ウェブという気軽なメディアを使っているため多少主観が含まれるが,分かりやすく使える解説を目指すつもりである.なお,ご質問やご意見(お叱りのお言葉も含めて)も随時いただきたいと思います.納冨(notomim"at"isc.meiji.ac.jp,"at"をアットマークに置き換えてください.)まで電子メールでご連絡ください.(強力なスパムキラーが入っているため,返事が来ない場合は再度お送りください.)

 今後の更新予定は以下の通りである.

 なお,更新は不定期です.更新催促のメールも歓迎いたします.(2008/09/18)