田中信一郎「泥臭い現実を素材に『政治』を解明」

『もうひとつの世界へ』第10号(2007年8月) 

 実在する保守系政治家について、かつて私の上司であった中村敦夫参議院議員(当時)から聞いた話が、今でも忘れられない。ここでは仮にA代議士とでもしておこう。

 ある日、A代議士は、後援会役員の母親の葬儀に参列した。その役員とは面識があったが、母親には一度も会ったことがなかった。

 A代議士は、葬儀会場に秘書の運転する車で乗りつけた。当然、黒い礼服に、黒いネクタイという服装だ。

 会場ではすでに焼香が始まっていた。次々と焼香を終えた人々が、喪主に挨拶して席に戻る。やがて、A代議士の順番が来た。

 そのときだ。突然、A代議士は、棺にしがみつき、大声で叫び始めた。

 「オッカア、オッカア!」

 目からは涙があふれ、半狂乱のようになっていた。しばらくして顔を上げ、喪主に挨拶をした。顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。

 喪主である後援会役員は、A代議士の見せた行動に感極まっていた。

 A代議士は、所用があるからとその足で葬儀会場を離れ、待たせていた車の後部座席に乗り込んだ。そして、車が走り始めてから、運転席の秘書に話しかけた。

 「オイ、あんなもんで良かったか?(笑)」

 この話が本当かどうか、私は知らない。だが、保守勢力が戦後日本で一貫して政権を担当していた要因の一つを、端的に示す話だと思う。

 私が従来の「政治学の教科書」で不満なことは、こうした泥臭い現実について触れられていないことだ。あたかも、日本の政治が適切、あるいは予定調和的に動いているような印象を与える「教科書」が多い。それでは、日本政治を正しく理解することはできない。

 その点、本書は、政治に対する素朴な疑問、あるいは日常に潜む「政治」の場面を切り取り、そこから理論や思想に展開していく。

 たとえば、福田赳夫と中曽根康弘の間で支持者を奪い合った「上州戦争」の話が、本書では紹介される。それも「福田食堂」は「カキフライ」、「中曽根レストラン」は「五目ごはん」といった具合に、選挙事務所が有権者に提供した「ごちそう」のメニューだ。

 これらの「ごちそう」代金は、誰が支払っているのか。その金は、何かの見返りではないか。そもそも、見返りを期待しないで、資金を提供してくれる人がいるのか。

 本書の優れた点は、こうした様々な疑問を読者に呼び起こさせ、解説するところにある。つまり、政治学の「初学者」に疑問を抱かせ、お堅い「政治学の教科書」に橋渡ししていく。

 それを可能としているのが『知られざる官庁新・内閣法制局』や『日本司法の逆説』(いずれも五月書房)などで発揮された、具体から本質へ鋭く迫っていく著者独特の考察と思考である。

 また本書は、「下世話」なエピソードがいい意味で散りばめられており、「政治学を学ぶ気のない人」にとって、もっとも読みやすい「政治学の教科書」にもなっている。

 政治学の初学者だけでなく、「教科書」に挫折した人にもお勧めしたい一冊だ。

(明治大学政治経済学部専任助手)

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