「医療を受ける権利が保障されない国より」『Beyond the State』第6号(2005年)掲載

4期生・1998年3月卒 宇田川玲子

                  

 アメリカの医療費は高い、というのは聞いていた。

 ゼミで、“インフォームド・コンセント”(医療の場における患者と医師の関係)をテーマに各国の医療制度についても調べていた際にも、アメリカでは保険の上限額を超えてしまったので借金しながら入院している人もいる、などという話を読んでいたが、そのときは、それはきっと極端な例でいくらなんでもそんなことはないだろう、とたかを括っていた。

 そしてアメリカ南部の街、ニューオリンズに住む今、けしてそれが誇張でなかったことを肌身に感じ、人々の健康がおろそかにされている情況に驚愕している。

 アメリカは医療費がべらぼうに高いというのに、国民皆保険が無い国である。これは、保険会社の圧力と、一部の人が掲げる“自由”という標榜が妨げになって実現されていない。そしていうまでもなく、ブッシュ大統領の続投が決まって、ますますその傾向は強くなっていくのは目に見える。2004年大統領選の際に行われた10月13日のテレビ討論会で彼はこう言っている。

“I think government-run health will lead to poor-quality health, will lead to rationing, will lead to less choice.”

(政府主導の医療制度は、貧弱なクオリティー、制限、狭い選択肢を招く。)

“And just look at other countries that have tried to have federal controlled health care. They have poor-quality health care.” (“Debate Transcript”)

(政府主導のヘルスケアを行っている国を見て御覧なさい。それらの国のヘルスケアは、貧弱なクオリティーですよ。)

 その上、ソーシャル・セキュリティー(国民年金)に市場経済を導入することに積極性を示している。

 余談だが、数ヶ月前にクリントン元大統領がテレビのインタビューに答えていた。その中で元大統領が、“医療保険、ソーシャル・セキュリティーを整備することが出来なくて、アイム・ソーリー”と言っていたのを見て、嬉しい驚きを覚えてしまった。というのも、本当にアメリカ人は謝らない!からである。責任が伴えば伴うほど。

 さて、かくいう私もこちらでは病院、歯科ともにお世話になっている。

 まず、医者にかかりたい、と思ったら予約を取らなくてはならないので、電話をする。

“予約の方は1番、薬剤師の方は2番・・・”録音音声に迎えられ、受付の“人”が出るまで、エレベーター・ミュージックを聴かされながら、忍耐強く待たなければならない。やっと繋がった!と思ったら、“ちょっと待って。”と一言いわれその後さらに何十分も待つことになることも、しばしある。

 この地で事務手続きを済ますのは一日がかり、いや、一日で終われば大分良いほうである。電話で、となれば尚更のこと。“こちらからかけ直します。”といわれてもまずかかってこないと思ったほうがいい。こうやって労力と時間が費やされ、フラストレーションばかりが溜まっていく・・・

 医者にかかる、といっても、日本であれば鼻が悪ければ耳鼻科に行くが、こちらではまずプライマリーケアのお医者さんに行く。そしてそこで手に負えない、と判断されれば専門家へ回される。このシステムの難点は、なんといっても具合が悪いその今、診てもらえないことである。

 プライマリーケアの医者の予約が3日後、そのあと専門家の予約が1週間後からひどいときは数ヵ月後、そしてもしレントゲンをとることになったら、その予約がまた1週間後。弱った体でそんなに待てるか!と言いたくなるのは私だけではないはずだ。

 さて、やっとのことで電話が繋がると、まず聞かれるのは、

 “どこの保険会社を使っていますか?”

 患者の健康より、とにかく金!というのを垣間見られる瞬間だろう。

 “そこの保険は扱っていません。”と断られたことだってある。

 歯医者は、また別の保険である。(眼科も、処方箋薬も別。)歯科疾病をカバーしない保険に加入している私は全額自己負担するのだが、その請求額にしばし言葉を失う。神経を取る根幹治療をすれば大体$500〜800($1-=100円で計算しても軽く5万円以上)、その後にするかぶせ物が$600。虫歯一本治すのに$1000以上(日本円で10万円以上)もする!

 その上、点数制でどこの病院にかかっても同じ診察内容であれば同じ値段の日本とは違い、こちらの病院はそれぞれ独自に値段を決められるので、この値段だって一律ではない。(この点数制のため、日本では一人の医者が数多くの患者を見ないと採算が取れないという弊害もあるのだが。)

 そんな高額医療費に怖気づいてこない患者を呼び寄せるためか、雑誌などには

“今なら歯のクリーニング、$200引き!”などという広告が載っていたりする。

 4500万人。

 アメリカで健康保険に無加入の人の数である (“Health Insurance”)。

 これは、経済的に余裕がなく入ることが出来ない人、それから経済的にはいくらか余裕があっても入ることが出来ない人がいる。

 過去に何か大きな病気をしていると、加入を拒まれるからだ。

 アメリカの健康保険は、政府管掌の物は、低所得者層を対象としたメディケイドと65歳以上を対象としたメディケアのみであり(“Medicare”)、他は営利会社、もしくは非営利法人によって運営されている。職場を通して加入できない人は、数ある保険会社の様々な種類のプランから個人の任意で選択して加入することになるが、もちろん、安いプランに加入すれば、その分かかることのできる医者や受けられる検査の制限が大きくなる。その上、支払額が一年の上限を超えたら、その後は自己負担しなければならない。糖尿病を患っている私の知り合いは、一年の限度額を超えてしまった為、今は自己負担で毎月$300ほどを目薬に費やしている。それから、加入前からある症状については支払いを拒否される。

 さらに、大きな検査や手術の際には前もって保険会社の承認が必要になるのだが、もちろんできるだけ支払いたくない保険会社が簡単に許可を下ろす訳が無く、私の友人は腰の手術を延ばし延ばしにされて、殆んど歩けない状態になるまで放っておかれた。

 このような制度のため、健康保険を持っていても、支払いのことが常に気になって病院にいくのを躊躇してしまう。治療費を考えるだけで、ため息が漏れる。こんな中で一体どうやって安心して医療を受けられようというのだろうか?

 これを書いている今も、ルイジアナ州の知事が、下半期の予算削減を提案した。これによって一番打撃をうけるのは、ヘルス&ホスピタル局の1680万ドルと、大学などの高等教育機関1800万ドルの削減である (“Cut Budget”)。

 不平等がはびこり、格差は広がるばかりのアメリカの医療制度。富裕層は高額のプランに加入し制限の少ない、質の高い医療を受けられる。その一方、それに加入できない人の健康はおざなりにされる。そして保険会社の一存に人々の健康が左右される。

 今、ものすごく腫れている私の肩のMRI検査も保険会社の承認待ちである。もし認められなければ検査を諦めるか$1000以上する検査費を自費で払うほか無い。私の歯の治療も、一時中断中。ここには、健康で文化的な生活の保障、なんていうものは、ない。

参考資料

“Debate Transcript.” Commission on Presidential Debate. 13 Oct. 2004. 23 Jan. 2005

United States. U.S. Census Bureau. “Health Insurance Coverage: 2003.” 7 Dec. 2004 23 Jan. 2005

United States. Center for Medicare and Medicaid. “Medicare Information Resource.”16 Sep. 2004. 23 Jan. 2005

“Cut Budgets, Blanco Tells Agencies.” Times-Picayune [New Orleans, LA]14 Jan. 2005, A4


back