参議院決算委員会「参考人意見陳述」始末

   西川伸一  * 『QUEST』第37号(2005年5月)

 もはやかなり古い話になってしまったが、めったにできない経験をしたのでご報告しておきたい。

 2005年1月27日の午前中、勤務先の事務室から自宅に電話が入った。参院決算委員会調査室から事務室に電話があったので、折り返し先方にかけてほしいとのこと。私の勤務する大学では、「個人情報の保護に関する規程」がすでに1999年からあり、「本学は、あらかじめ本人の同意を得ないで、個人データを第三者に提供してはならない」(同規程第19条)ことになっている。

 そこで、教えられた番号にダイヤルすると、2月に開かれる決算委員会で意見陳述をしてくれないか、とのことだった。なんでも、会計検査院の機能強化について議論を進めているので、その観点から意見を述べてほしい、と。

 よりによって、なぜ私の名前が挙がったのだろう。売れ行き絶不調の拙著が決算委調査室の目に留まったのか。あるいは、拙著に示唆を得たと言われて、一度お目にかかった自民党の参院議員が決算委の理事をしている。この方から推薦があったのか。

 いずれにせよ、日程をきくと2月15日であった。その日は文学部の入試があり、私の所属する政治経済学部の教員の多くは監督者として応援にかり出される。一瞬、これを理由に断ろうかと弱気の虫が騒いだ。だが、逃げてはいけないと思い直し、監督業務を免除してもらえるか学部に相談したいとして、いったん電話を切った。

 さっそく事務長に連絡し、事務長から教務主任に諮っていただいた。その結果、「公務」ということでお許しが出た。その旨、すぐに決算委調査室に伝えた。

 その後、扇千景参院議長ならびに川村良典参院事務総長の公印が押された、「参考人として出席を求める件」と題された麗々しい招請状が郵送されてきた。拘束時間は午前10時から午後1時までで、2名の参考人が30分ずつ意見陳述したのち、決算委員との質疑応答を行うという段取りになっていた。

 30分しゃべり通すというのは結構長い。A4判を1枚音読すると約3分かかるので、10枚ほどの原稿を用意しなければならない。だいたい4000字くらいになる。

 というわけで、2月上旬は原稿づくり、直前には仕上がった原稿を何度も音読して本番に備えた。

 さて、当日がやってきた。集合時刻より10分早く9時半前には指定された参議院議員面会所に着いた。招請状を提示して来意を告げると、やがて担当の若い方が現れた。すると緑のリボンが与えられた。これが参考人の印で、胸に付けるのである。国会中継でみたことがある!と思った。

 控え室の前には、国会職員である決算委調査室のお歴々が待機されていた。さっそく名刺交換とあいなる。

 衆参のどの調査室も同じであるが、調査室のトップである調査室長は「専門員」という肩書きを与えられる。待遇は各省庁の事務次官と同格である。この専門員にはじまって、ナンバー2の首席調査員、ナンバー3の次席調査員とあいさつを交わした。その際、「厳しいことを言って下さい」と発破を掛けられた。そうか、と図に乗ったことが、あとで後悔を招くことになる。

 控え室で時間をつぶしていると、もう一人の参考人である構想日本の加藤秀樹代表(慶応大学教授を兼任)がやって来られたので自己紹介する。次には、決算委員長の鴻池祥肇参院議員(自民)、決算委理事の田浦直参院議員(自民)、同・松井孝治参院議員(民主)が入室され、「よろしく」とエールの交換。鴻池委員長が「強引な司会をしますから」と言われる。このときは、意味がわからなかった。

 定刻少し前に、委員会室に移動する。馬蹄形をしたテーブルを囲うように、決算委員のセンセイたちが着席していた。テレビの国会中継に出てくる委員会室とは席の配置が違う。参院決算委の定員は30名であるが、数名が欠席したのみだった。なかなか真面目である。というか、予算が衆院を通過するまで、参院はヒマなのである。

 また、配られた座席表で、私の右隣に会計検査院職員が3名座っていることを知る。やれやれ、至近距離で相手の「悪口」を言わなければならないのか。

 定刻の10時きっかりに鴻池委員長が開会を宣言した。まず30分間、加藤参考人が意見陳述。そして、私の番となった。第一声がうまく出ない。やがてわきの下から冷たいものが流れる。これが冷や汗なのかと実感する。早口になってしまって、30分かからずに意見陳述をどうやらやり終えた。

 その間、委員たちの私語がやや気になった。委員の出入りもそこそこあって、そのたびに裏方の若手職員は出欠表を配布しなおし、また、コーヒーや水などを委員や参考人にふるまったりと大変そうだった。

 意見陳述の要点は、会計検査院法第1条には「会計検査院は、内閣に対し独立の地位を有する」と謳われているが、これが確保されていない。会計検査院の機能強化はこの条文が実質化されることに尽きる、というものであった。

 たとえば、会計検査院は国家行政組織法第1条が規定する「国の行政機関」ではなく、「内閣の統括の下」にはない。にもかかわらず、会計検査院の職員は国家公務員法上は、「国の行政機関」の職員と同じ「一般職」と位置づけられている(会計検査院のトップである「検査官」は除く)。

 もちろん、会計検査院の検査対象となるのは「国の行政機関」である。しかし、国家公務員法に従えば、双方の職員は同じ「一般職」として扱われる。要するに「身内」同士ということになる。「身内」が「身内」を自己点検・評価するという構図である。だから、会計検査院では「やりすぎたら霞が関で孤立してしまう」とささやかれるのだ。

 そこで、会計検査院の職員を国会職員と同様に、国家公務員法上の「特別職」に位置づけ直す必要がある、と提案した。

 加えて、「一般職」であるから、会計検査院の職員採用も「国の行政機関」の職員採用と同じであり、国家公務員採用試験の合格者の中から採用者を決めている。これでは入り口の段階で、新人職員は「内閣に対し独立の地位を有する」という独立の気概をもちにくいのではないか。独自の採用試験を行うべきであろう。

 「身内」意識の最たるものは、天下りの口利きを検査対象である各省庁に頼っていることである。「国の行政機関」と同様に、会計検査院の幹部職員にも早期退職勧奨の慣行があり、天下りが避けられない。ちなみに、官僚たちは決して「天下り」という言葉は使わず、「再就職」とよぶ。

 もちろん、会計検査院には所管する外郭団体も、監督下に置く業界もない。そこで各省庁から天下り先を紹介してもらうのだ。こうして会計検査院OBが、独立行政法人などに監事として天下っている。「監事」とは、会計監査を職務とするポストである。

 これは二重に問題である。第一に、独立行政法人もまた会計検査院の検査対象機関である。その監事に大先輩がいては、現役の職員は厳正な検査ができるのだろうか。第二に、天下り先を各省庁に頼っている手前、各省庁への検査に遠慮が出ることはないのか。この2点で、会計検査院の検査は「公正らしさ」が疑われる。「天下り」をしなくてすむような人事のあり方をとる必要がある。

 休憩なしですぐに質疑応答となる。質問は加藤参考人に集中し、たまにある私へのものも、それほど意地悪な質問はなく救われた。鴻池委員長は委員の質問が5分を超えると、「はい5分」といって発言をやめさせていった。これが「強引」の意味だった。さもなければ、平等な発言時間が確保されないのだろう。大学教員もそうであるが、国会議員のセンセイたちも話し出したら長くなる。

 最後に落とし穴が待っていた。先の松井理事が、私の意見陳述を聞いての会計検査院の意見、さらにそれに対する私の意見、という形での議論を促したのである。

 待ってましたとばかりに、私の横に座っていた会計検査院の幹部が反撃に出た。とりわけ、私の「天下り」批判についてはカチンときたようで、「OBがいたから検査に手心を加えるということがあったら、そもそもこれだけのものはできてきません」と声を荒げながら、その幹部が持参した『決算検査報告』をバンバン手でたたいた。

 『決算検査報告』とは、年に1回、会計検査院が作成を義務づけられている、会計検査院の検査の集大成のことである。

 こわもての迫力は議事録で読んでも伝わってこないが、気の弱い私はまったく気圧されるほどであった。次に発言を求められたが、ろくに再反論ができず、「部外者が失礼なことを申し上げたかと思うんですけれども・・」と声を絞り出すのがせいぜいであった。この様子は「参議院インターネット中継」にビデオライブラリとして収められているので、簡単にみることができる(http://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/library/index.php)。

 議事録によると、12時47分に散会となっている。緊張でほとんど空腹は感じなかったが、昼食を取らなければならない。控え室にその用意があったりして、と少し期待したがそれはなく、来たときと同様に職員の方に付き添われて参議院議員面会所へ向かう。その際、「会計検査院を怒らせてしまいましたね」と頭をかくほかなかった。国会周辺には食事をするところがない。仕方なく、国会図書館に入って6階の食堂で昼食を取る羽目になった。弁当ぐらい出してもいいよなあ、と一人でぼやきながら。日当および交通費は2万1140円であった。


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