『政経の歩き方』がめざすもの
 ~新入生の一番最初の「信頼できる先輩」

西川伸一『明治』第41号(2009年1月)12-13頁。

はじめに
 1980年4月、私は政治経済学部の1年生として、和泉の第二校舎ではじめて大学の授業を受けた。広い階段教室にまだ友だちは一人もいなかった。受験勉強が終わったという解放感に浸るより、いかにして大学生になるかに先が見えず不安でいっぱいだった。
 外国語と体育実技の授業だけはクラスごとであり、それでも60人からの学生がいた。もちろん先生は授業ごとに入れ替わる。結局、私は1年生のときには大学教員と一度も会話をしたことはなく、当然名前を覚えられることもなかった。いま思えば、私は匿名のマスの一人にすぎなかったのだ。サークル活動で辛うじて露命ならぬ、顕名をつないでいた。
 このように、私の新入生時代は色にたとえればグレーのイメージしかわかない。あれからもう30年近くが経とうとしている。いまの新入生の心象風景は何色に彩られているのだろうか。

1  『政経の歩き方』とは
 政治経済学部では、学費に含めて学部独自の予算となる「実習料」を、毎年度1万円ずつ学生から納付してもらっている。この一部を用いて2006年度から刊行されている学部独自の刊行物が、『政経の歩き方』である。4月に新入生に必ず配布される。学部の他の出版物と異なる特徴は、企画・取材・執筆・校閲・レイアウト・デザイン・印刷業者との折衝などを、すべて学部の学生が担っている点である。
 教員側の責任者は一応私になっているが、すでに4年目を迎え、私はもはや「名ばかり責任者」にすぎない。
 本の中身は、一言で言えば「政経学部生へのなりかた指南書」である。高校までとは違う大学での勉強の仕方のアドバイスからはじまって、サークル活動やアルバイト、和泉キャンパス周辺の飲食店ガイドといった学生生活の道案内から、就職活動に絡めたOB・OGへのインタビューに至るまで、政経学部生としてすぐに役立つ情報満載である。フルカラーで写真・イラストも多く配して、読みやすさのみならず見た目にも配慮している。
 これを手に取る新入生一人ひとりが、これからはじまる政経学部での4年間にバラ色の夢を抱いてくれることを、私はひそかに念じている。君たちは匿名のマスではない、顕名の個として学部は尊重している、というメッセージを感じ取って。


『政経の歩き方2008』の編集会議風景

2  『政経の歩き方』のポリシー
 こうした『政経の歩き方』のポリシーは、2006年に刊行した1冊目の「はじめに」に明確に宣言されている。書いたのは当時の3年生スタッフである。
「かゆいところに手が届くラインナップで、あなたの疑問を解消します。何か困った、何かわからない、何か不安だと思ったときに一番はじめに手に取る本。もしくは、あなたにとって一番最初の「信頼できる先輩」になりたい、と願っています。」
 導入教育の重要性は論をまたない。導入ゼミなど少人数教育を行い、担当教員が個々の新入生の名前を覚えてやれば、「入ってよかった」と彼らの学部への信頼感は高まる。政経学部では2008年度施行の新カリキュラムで、1・2年生を対象とした新たなゼミ(基本演習)を開設した。これにより、既存の演習A(2008年度から教養演習と改称)とあわせて、新入生のゼミ履修機会は拡大した。
 とはいえ、1学年1000人を超える1年生全員をゼミに入れるのは不可能に近い。少なくない1年生が、かつての私のように寂寥感にもがいているかもしれない。そんな彼らを、『政経の歩き方』が「一番最初の「信頼できる先輩」」となって勇気づけられたら、と学生スタッフは熱い思いで活動している。

3  『政経の歩き方』のこれから
 新入生はオリエンテーションの折、シラバスをはじめさまざまな印刷物を一度に受け取る。これらといっしょに『政経の歩き方』を配っても、インパクトが弱いのではないか、と学生スタッフと常々話してきた。いま出されているプランは、入学手続者全員の自宅に3月中に送るというものである。
 予算面でむずかしいかもしれないが、こうすれば抜群の効果があろう。それこそ、学部は自分たちを歓迎してくれているという強烈なメッセージになる。3月中であれば熟読し、政経学部生としての学生生活に思いをはせ、期待に胸をふくらませてくれるのではないか。一方、不本意ながら入学手続をした者にも「癒し」を与えられればよい。
 さらに「悪のり」したい誘惑に駆られる。夏休み中に開催されるオープンキャンパスで、政経学部のブースに来てくれた高校生に配布する、政経学部に多くの入学者を出している高校に送付する、などなど。ただ、「実習料」で作成している趣旨からははずれてしまうのが難点である。
 いずれにせよ、こうしたPRが進めば進むほど、新入生は学部への期待値をますます高めることになる。それに応える授業を行い、事務態勢を整えているかとブーメランは私たちに返ってくる。
 あろうことか、いまでは私が大教室で1年生相手の授業を担当している。彼らを匿名のマス扱いしていないか、自問自答している日々である。

back