https://twitter.com/katotoru1963/status/1198378578183745536?s=20雅楽のコスモロジー…小野真龍著 [レビュアー] 加藤徹(中国文化学者・明治大教授) キリスト教の音楽は、ユダヤ教やイスラム教では演奏しない。約1400年の歴史をもつ雅楽は、仏寺でも神社でも、宮中でも演奏する。神仏習合、という単純な話ではない。著者は言う。 「雅楽の背後には、カミ・ホトケ・スメラミコトがせめぎ合って織り成した歴史の壮大な宗教的空間が広がっているのです」 奈良時代の大仏開眼(かいげん)供養会は、日本雅楽の成立前夜祭とも呼ぶべき一大イベントだった。天皇の統治を仏法で権威づける意図があった。が、皇統神話の血統主義と仏教救済の平等原則の違いは大きい。仏法での権威づけは、かえって王法の権威を弱めるという矛盾。道鏡事件や神仏分離は矛盾が顕在化した例だ。日本の神仏は「習合」はしても「融合」はしない。国家を含めたせめぎ合いは現代も続く。 雅楽の宗教性と、その背後にある日本人の霊性を説き明かし、日本史の機微を浮き彫りにする著者は、聖徳太子以来の伝統をもつ天王寺楽所(がくそ)の雅楽の伝承者であり、京大の博士学位をもつ学者であり、浄土真宗の住職でもある。知的でスリリングな本だ。(法蔵館、2200円) |
鳩摩羅什訳『法華経』方便品第二の偈(げ)より ・・・、若使人作楽、撃鼓吹角貝、簫笛琴箜篌、琵琶鐃銅鈸、如是衆妙音、尽持以供養、 或以歓喜心、歌唄頌仏徳、乃至一小音、皆已成仏道、・・・ 若使人作楽(にゃくしにんさがく)、撃鼓吹角貝(きゃっくすいかくばい)、簫笛琴箜篌(しょうちゃくきんくご)、 琵琶鐃銅鈸(びわにょうどうばつ)、如是衆妙音(にょぜしゅみょうおん)、尽持以供養(じんじいくよう)、 或以歓喜心(わくいかんぎしん)、歌唄頌仏徳(かばいじゅぶっとく)、乃至一小音(ないしいちしょうおん)、 皆已成仏道(かいいじょうぶつどう) ・・・もし人をして楽をなさしめ、鼓を撃ち角・貝を吹かしめ、簫・笛・琴・箜篌、琵琶・鐃銅鈸、 是の如き衆の妙音、尽く持し以て供養し、或いは歓喜の心を以て、歌い唄いて仏徳を頌すれば、乃ち一小音に至るまで、皆已に仏道を成せり、・・・ |
植木雅俊・訳『梵漢和対照・現代語訳 法華経 上』(岩波書店、2008/2018) pp.117-119
また、その時その[ストゥーパの]ところで、妙なる響きを持つペーリー[という小鼓]や、法螺貝、パタハ[という小太鼓]といった楽器を演奏したところの 人たち、また最も勝れた最高の覚りへの供養の実施のために太鼓を鳴り響かせたところの人たち、(90) また、心地よく鳴り響くヴィーナー(琵琶)やシンバル、パナヴァ[という太鼓]、ムリダンガ[という小鼓]、ヴァンシャ[という笛]、 あるいは極めて優美なエーコーツァヴィー[という楽器を演奏した]ところの人たち、それらの人たちはすべて覚りの獲得者となった。(91) 鉄の鈴や、水、あるいは掌を太鼓のように打ち鳴らし、人格を完成された人(善逝)たちの供養のために、 甘く魅力的な歌を上手に歌うところの人たち、(92) それらの人たちは、人格を完成された人たちの遺骨に対して どんなにわずかであれ、ただ一つの楽器でさえをも演奏して、その遺骨への多くの種類の供養をなしてから、 [この]世間においてすべてブッダとなった。(93) |
SADDHARMA-PUNDARÎKA OR, THE LOTUS OF THE TRUE LAW. Translated By H. Kern (1884) CHAPTER II. SKILFULNESS https://www.sacred-texts.com/bud/lotus/lot02.htm 89. Who caused musical instruments, drums, conch trumpets, and noisy great drums to be played, and raised the rattle of tymbals at such places in order to celebrate the highest enlightenment; 90. Who caused sweet lutes, cymbals, tabors, small drums, reed-pipes, flutes of ekonnada or sugar-cane to be made, have all of them reached enlightenment. 91. Those who to celebrate the Sugatas made thoughts, one shall in course of time see kotis of Buddhas. 92. They have all of them reached enlightenment. By paying various kinds of worship to the relics of the Sugatas, by doing but a little for the relics, by making resound were it but a single musical instrument; |
天台宗の四つの伝承法流の一つ玄清法流(げんせいほうりゅう)では琵琶を奏でながらお経を唱え、三宝大荒神や諸仏を祈ります。 私たち僧侶が琵琶を弾く理由は「法華経」に由来します。「方便品」に、琵琶や楽器で妙音を奏で仏を供養するならば必ず仏道を成就することができる、と説かれています。つまり「妙音成仏」を目指す修行のよすがとして琵琶を弾奏するのです。 (中略) 玄清法流の開祖を玄清法印といいます。天平神護二年(七六六)、現在の福岡県太宰府市近郊に生まれた玄清は幼くして仏門に入り、十七歳で眼病を患い失明します。後の盲僧のため一派を開こうと決心し盲僧の祖インドの阿那律尊者にならい琵琶を弾き始めます。二十歳の時一大発心し、琵琶を携えて山に籠り二十一日間厳しい修行を行います。満願の朝「心願を成就したければ速やかに比叡山に登って一人の聖者にまみえ、その方を至心にお助けせよ」というお告げを授かります。玄清は早速登叡し導かれるように伝教大師最澄に出会います。当時伝教大師は根本中堂の前身である一乗止観院を建立中でした。しかし大蛇が出て御堂の建設が阻害されていたのです。地神の仕業だと察した玄清は琵琶を弾奏しながら地神陀羅尼経を唱え地神供養を行います。地神は大いに歓喜し、たちまち大蛇の難は消除したと伝えられています。玄清の琵琶を用いた祈祷には感応道交の力があったのです。 妙音成仏と感応道交、これが琵琶弾奏のテーマです。しかしそれのみならず、祈りの場に集う人々の心に琵琶の音が響くことも私たちは古くからとても大切にしてきました。私たちの奏でる琵琶の音が御仏はもとより皆様の心に届き、共鳴共振することを願って現在も修練と試行錯誤を重ねています。 (文・玄清法流 華王院 坂本清昭) |
諸君は今日わが日本に向って旅順、大連を返せと叫んでおられる。その要求は貴国民としてまことにもっともである。かならずや遠からず旅順、大連は諸君の手に還る時機の来ることを信じている。しかし私は政治家でも外交官でも軍人でもないから、それがいつ実現されるかは知らない。しかし今日私は貴国に向って旅順、大連よりもモット重大なあるものを返還すべく、日本からわざわざ来たのである。これは諸君から要求されて余儀なく来たのではなく、私が自費をもって自発的に来たのである。(田辺1970:317) |
落花…澤田瞳子著 中央公論新社 1700円 壮大な言葉の管弦楽 評・加藤徹(中国文化学者 明治大教授) 平成で驚異的に進歩したものは三つある。携帯電話、インターネット、そして歴史小説だ。本作は、文化史学の進歩をふまえた斬新な歴史観、史実を土台に心理的ミステリーもちりばめた巧みなストーリー、言語芸術の特長を最大限に生かした描写力、どれをとっても、平成文学の到達点を示すマイルストーン的傑作である。 平安時代中期。宇多天皇の孫で、仁和寺の僧となった寛朝(かんちょう)は、荒ぶる辺境の地・坂東をさすらう。 彼は11歳のとき、白居易の漢詩を朗詠する「至誠の声」を聞き、人生が変わるほど感動した。 「朝(あした)には落花を踏んで 相伴(あいともな)って出(い)づ」。朗詠の主は音楽の奇才・豊原是緒(とよはらのこれお)。 その後、是緒は、謎の失踪をする。 22歳となった寛朝は、是緒の行方を追って坂東に下り、豪族・平将門(たいらのまさかど)と出会う。 将門は侠気(おとこぎ)のある人物だった。困窮して自分を頼る者は最後まで守る。それが後に大きな悲劇を招く。 その他、盗賊や土豪、船団で水辺をめぐり歌舞音曲の芸と春を売る傀儡(くぐつ)女(め)など、誰が主人公となってもおかしくないほど個性豊かな人物たちが登場し、 スリリングな物語を展開する。 寛朝の従僕で美男子の千歳(ちとせ)は、もう一人の主人公だ。千歳は音楽で出世することを夢み、是緒が持ち去った伝説の琵琶を入手しようとする。 妄執に取り付かれた千歳がとっさにとったある行動が、歴史を変える。物語の最後で、千歳の驚くべき「正体」が明かされる。 本作の、言葉による「音楽」の描写は、文学の醍醐(だいご)味だ。 仏教の梵唄(ぼんばい)、雅楽の朗詠、伝説の琵琶の音色、傀儡女の歌舞音曲。坂東の荒野に響く合戦の音、馬のいななきや兵士の喊声かんせいさえもが、 壮大な管弦楽として描写される。妄執すなわち悟り。煩悩即菩提(ぼだい)。寛朝がついに見つけた究極の音楽とは――。 歴史の興亡が夢と消えても、世々、大地に残る音がある。文学だからこそ描ける深くて大きな世界が、ここにある。 ◇さわだ・とうこ=1977年生まれ。小説家。著書に『満つる月の如し』『若冲』『腐れ梅』『火定』など。 |