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中国語音韻学のメモ

最新の更新 2011-2-6 最新の更新2011-2-18
 ここは、講義等のプリント用のメモです。メモなので、これだけ見てもわからないと思います(^^;;

音韻学(phonology)と音声学(phonetics)

 スイスの言語学者、フェルディナン・ド・ソシュール(Ferdinand de Saussure, 1857年-1913年)は、 言語(language ランガージ)にはラング(langue)とパロール(parole)という二つの側面がある、と考えた。
 ラングとは、ある社会が共有する言語の規則(音声・語彙・文法)や約束事の総体であり、記号体系である。
 パロールは、ラングが具体的に個人によって使用された実体である。
 「理想と現実」でたとえると、ラングは理想、パロールは現実。音韻学の対象はラング、音声学の対象はパロール
 共時言語学(記号論)の対象はラング。
 例えば、現代日本語「そうです」を、現実の日本人はどう読むか。 よく耳をすませて聞くと、その発音は「soudesu」「soodesu」「soudes」「soodes」など、 音声学的に違う発音が入り交じっている。個人差もあるし、また、同一の人間でも「そうです」という言葉を使う場面や意図によって、 「そうです」の発音は変わってくる。つまり、「そうです」のパロールはさまざまである。
 しかし、「soodesu」も「soudes」も、日本語を使う社会では「そうです」という意味の言葉として処理される。 つまり、パロールとして見ればバラバラな「そうです」も、ラングとして見れば同一である。

上古音・中古音

孔子の時代の発音は「上古音」、李白や杜甫の時代の発音は「中古音」。日本語の漢字音の大半は中古音を 日本語化したもの。
大分類分類時期異称主な資料
古音(原始漢語音)数千年前〜前14世紀ごろ(無し)
上古音西周初(前11世紀ごろ)〜後漢後期(2世紀ごろ)詩経音系『詩経』『楚辞』など韻文作品の押韻、 周辺諸民族の語音、形成文字の音符、etc.
中古音南北朝後期(6世紀ごろ)〜北宋初(10世紀ごろ)隋唐音・切音音系 『切音』(601年序)=前期中古音、その他の韻書・韻図、現代中国語の諸方言、周辺諸民族の漢字音、etc.
近古音北宋中期(11世紀ごろ)〜清朝中期(18世紀)近世音・中原音韻音系 『中原音韻』(1324年完成)その他の韻書、現代中国語の諸方言、韻文作品の押韻、異民族が作成した漢語学習教科書、etc.
今音現代音現代中国語(方言も含む)
 中古音は、中国語音韻のいわば「へそ」である。上古音や近古音、現代中国語の方言の発音、を理解するうえで出発点となるのは、 中古音の知識と理解である。日本語や韓国語・朝鮮語、ベトナム語の漢字音を体系的に理解する上でも、 中古音の知識は役に立つ。
 上古音は定義も比較的曖昧で、実態も不明な点が多い。学者によって復元推定の幅が大きい。
 近古音は、京劇や昆劇など中国の伝統演劇の歌辞やセリフに見られる特殊な発音にもその名残をとどめている。 例えば京劇で、お姫様やお殿様がしゃべる優雅な「韻白」は、北京語ではなく、近古音の一種「中州韻」 の発音体系の名残をとどめている。日本の能楽の舞台で、江戸時代以前の古い日本語の発音 が部分的に残っているのと同様である。
 YouTubeなどの動画投稿サイトでは、学術的に復元された上古音による『詩経』作品の音読や、 復元推定の中古音による唐詩の音読を視聴できる。
例)上古音の復元の例・・・洛、落、酪、絡、烙は「ラク(lak)」。客、格、閣は「カク(kak)」。 それぞれの漢字の音符「各」の上古音は「クラック(klak)」だったが、語頭の二重子音[kl-]のうち、時代がくだるにつれてkが脱落した発音が「ラク(lak)」となり、 lが脱落した発音が「カク(kak)」となった、と推定すると、きれいに説明できる。 →(批判)上古音の「各」が、本当に、時計を意味する英語「clock」のような発音だったかどうかは、 わからない。あくまでも仮説である。漢字はアルファベットやカナのような表音文字ではないので、 発音の復元推定には本質的な限界がある。

日本漢字音

漢字の「音読み」「漢字音」「音」「字音」・・・昔の中国語の発音を日本語ふうにくずしたもの
漢字の「訓」「訓読み」・・・漢字に、同様の意味の日本の固有語(和語、やまとことば)を当てたもの
異称導入時期元の中国語音性格・用途
(古層音)〜4世紀?上古音、早期の中古音などウマ(馬)、ウメ(梅)など。国語では字音ではなく和語として扱う。
呉音和音、対馬音、百済音5〜6世紀中古音のうちの南朝音(?)慣用的、仏典などに多い。
漢音7〜8世紀中古音のうちの唐代長安音体系的、
唐音12世紀〜19世紀近古音恣意的、部分的、雑多
(新唐音)支那音(廃語。取り扱い注意)20世紀〜現代中国語、現代朝鮮語、etc.アジア系外国人の名前など。 国語では正式な字音としては扱わない。カナのあてかたは恣意的。
例)「清」の日本漢字音・・・ショウ(呉音)、セイ(漢音)、シン(唐音)、チン(新唐音)
 「六根浄」→仏教用語なので「ロッコンショウ(呉音)ジョウ」と読む。
 「空気浄機」→仏教用語ではないので「クウキセイ(漢音)ジョウキ」と読む。
 「王朝」→江戸時代に長崎経由で広まった発音なので「シン(唐音)オウチョウ」と読む。
 「湯麺」→中国料理のメニュー。「チン(新唐音)タンメン」と読む。意味は、中華麺の「すうどん」。
例)「金さん」の日本語での読み方の原則
 日本人の名前なら「キン(漢音)さん」「かねさん」「ゴン(呉音)さん」など、当人の希望どおりに読む。
 外国人の名前でも、原則として、当人が希望する発音で読む。ただし当人の希望が不明である場合は、とりあえず 以下のように読む。
 中国人なら「キン(漢音)さん」、ただし大陸系の芸能人なら「ジン(新唐音)さん」、 韓国・朝鮮系なら「キム(新唐音・韓国版)さん」、中国国籍の「朝鮮族」なら「キンさん」、 韓国・朝鮮国籍の中国人なら「キムさん」。アメリカ国籍の韓国系と中国系のハーフなら・・・(以下、省略)

五音

 近代西洋の音韻学が伝わる以前、東アジアの漢字文化圏では、子音の発音を五種に大別していました。
 この「五音(ごいん)」という素朴な伝統的分類法は、東洋哲学の「五行思想」の美学とも結びついたものです。
 近代以前は、中国語だけでなく日本語や朝鮮語の子音も「五音」で分類していました。
 日本の歌舞伎「外郎売(ういろううり)」のセリフにもこの「五音」分類が出てくるほどです(※)。
 今はもう誰も使わなくなった分類法ですが、参考までに以下に書いておきます。
七音
五音
五音の名称唇音舌音歯音牙音喉音半舌音半歯音
現代中国語の声母 唇音(bpmf) 舌尖音(dtnl)
捲舌音(zh,ch,sh,r)
舌面音(jqx)
舌歯音(zcs)
舌根音(gk) 舌根音(h) (l) (r)
江戸時代の日本語 ハマタラナアワヤ
※【参考】歌舞伎『外郎売』の口上より。
「そりゃそりゃそらそりゃ、廻って来たわ、廻って来るわ。
アワヤ喉、サタラナ舌にカ牙サ歯音、ハマの二つは唇の軽重。
開合爽やかに、アカサタナハマヤラワ、オコソトノホモヨロヲ。」  上記の歌舞伎のセリフの中で、「タラナ舌」と「歯音」が重複しています。
 カナ表記では同じ「サ」でも、舌音のサは「ツァ」に近い発音で、歯音のサは「サ」だった可能性があります。

ちょっとだけ「仲間はすれ」の子音たち

唇音 b p m f → /f/だけ唇歯音(軽唇音)。
舌尖音 d t n l → /l/だけ側面近接音。
舌根音 g k h → /h/だけ摩擦音。
舌面音 j q x → /x/だけ摩擦音。
捲舌音 zh ch sh r → /r/だけ有声音。
舌歯音 z c s → /s/だけ摩擦音。
↓この表を暗記する必要は全くありません。ご安心ください!! ご参考までに掲げます。
両唇唇歯歯茎捲舌歯茎
硬口蓋
軟口蓋
破裂音b pd tg k
鼻音mn
摩擦音fssh rxh
破擦音z czh chj q
側面近接音l
↑上の表の意味。理解できなくても大丈夫です・・・(^^;;
横軸は調音点・・・両唇・唇歯、歯茎、捲舌(そり舌、とも)、歯茎、硬口蓋、軟口蓋
縦軸は調音法・・・破裂音(小爆発のような瞬発音)、鼻音、摩擦音(狭いすきまから息を摩擦する持続音)、破擦音(破裂音と摩擦音のハーフ)、側面近接音(舌の両脇から空気を通す音)。


間隙度別音素一覧

 以下は、調音の際の口のせばめの間隙を0度(完全な閉鎖音)から7度(完全な開口音)まで、象徴的に分けた表。 藤堂明保『中国語音韻論』(光生館、1980、改訂版)p.27の図表を参考に、加藤徹がアレンジしたもの。
間隙音素
子音0度 (破裂音) b p d t g k (破擦音) z c zh ch j q (声門閉鎖音)[ʔ](※1)
1度(摩擦音) s sh x, h, f
2度(鼻音) n -ng m
3度(側面近接音) l
半母音4度(半母音) r y w (※2)
母音5度(狭母音) i u ü
6度(中母音) o e
7度(広母音) a
(※1)声門閉鎖(glottal stop)は、ピンインでは表記しないが、国際音声記号(IPA)では「ʔ」と書く。クエスチョンマーク「?」と混同しないように。
(※2)藤堂学説では、北京語の巻舌音/r/は半母音として扱うべきとする。
 例えば同じ唇音/b p m f/でも、bとpは破裂音で間隙0度、mは鼻音で間隙2度、fは摩擦音で間隙1度、と、口をせばめる度合いがそれぞれ違うことに注意。
 中国語の音節の構造は「声母+介母+韻腹+韻尾」であるが、声母は必ず0度〜3度の子音、介母は必ず4度の半母音、 韻腹(核母音)は必ず5度〜7度の母音であり、全体として菱形のようになる。

三十六字母

ウィキペディアの図表を参考に、テーブルタグで「手打ち」で打ち込みました。(^^;;
調音点 無声音 有声音
無気音有気音
五音 清濁
全清次清全濁次濁
両唇唇音重唇音 幫[p]滂[pʰ]並[b]明[m]
唇歯軽唇音非[f]敷[fʰ]奉[V]微[ɱ]
歯茎舌音舌頭音端[t]透[tʰ]定[d]泥[n]
歯茎硬口蓋舌上音知[ʈ] 徹[ʈʰ]澄[ɖ]娘[ɳ]
歯茎歯音 歯頭音精[ʦ] 清[ʦʰ]従[ʣ]
心[s]邪[z]
歯茎硬口蓋 正歯音照[ʨ]穿[ʨʰ]牀[ʥ]
審[ɕ]禅[ʑ]
軟口蓋牙音見[k]渓[kʰ]群[ɡ]疑[ŋ]
(無)喉音影[ʔ]
軟口蓋暁[x]匣[ɣ]
硬口蓋喩[j]
歯茎半舌音来[l]
歯茎硬口蓋半歯音日[ɲ]

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