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朝日新聞 2007年5月19日(土)朝刊15面「異見新言」欄
加藤かとう とおる 明治大学准教授(中国文学、京劇)

漢文の勧め 遊び心で面白さ満喫して

 本稿は、朝日新聞オピニオン編集グループからの求めに応じて寄稿した拙文を、web化してアップしたものです。
 本文の文言等はルビも含めて新聞掲載時と同じですが、このページでは新聞掲載時にはなかったを追加してあります。



 世の中が行き詰まると、教育論議や国語ブームが起き、漢字や漢文の良さを見直す声が上がる。戦後もそんな波が何度かあった。今も漢文関係の本が書店に並び、漢文が静かなブームを迎えている。

 今回の漢文ブームでは、年配者は懐かしさから、団塊の世代は「学び直し」の意味から漢文の本を手に取っている。小中学生にも漢文の「新鮮さ」が受けているようだ。

 日本に漢字や漢文を書いた文物が伝わったのは、二千年前の弥生時代。ただし、日本人が本格的に漢文に親しむようになったのは、1400年前の聖徳太子の時代からだ。

 [肖像写真省略]
63年生まれ。東大中国語中国文学科卒。北京大留学。広島大助教授を経て06年から現職。「京劇」でサントリー学芸賞受賞。このほかの著書に「漢文力」「漢文の素養」「西太后」「貝と羊の中国人」など。
工夫で「国語」に

 漢文は当初、日本人にとって外国語だった。昔の日本人は、漢字を訓読みしたり、返り点などを工夫することで、漢文を「国語」として読むようになった。

 戦国時代までは、漢文が読めるのは公家や僧侶など一部の知識人に限られた。だが江戸時代に入ると、庶民も寺子屋で「論語」などの漢文の素読を習うようになり、漢文の素養が拡大した。このため、漢文は身分を超えた共通語の機能を果たし、「国語」の先駆的な代用品にもなった。

 漢文は堅苦しい、という誤ったイメージがある。日本の漢文の教科書には、李白・杜甫の漢詩とか、「論語」などの人生訓、「史記」などの歴史ものが多い。しかし、本物の漢文には、何でもある。理系的な自然科学の漢文の本も多い。怪談やポルノ小説、笑い話、反体制のアジ演説など、きわどい漢文もある。老人のお説教ばかりが漢文だと思ったら、大間違いだ。

 実際、昔の日本人は、あやしげな漢文も好んで読み、そこから面白いネタを拾った。落語「饅頭まんじゅうこわい」の元ネタは「笑府」の漢文笑話だ注1。江戸時代のポルノ小説にも、中国で発禁処分となった漢文の春本を翻案したものがある。江戸時代の日本人は、遊び心から縦横無尽に漢文を読み、豊かな文化を生み出した。

新知識得る武器

 漢文は、最先端の新知識を得る武器でもあった。江戸時代の普通の知識人は、西洋の学問や事情を、蘭学より、むしろ漢文の本を通じて知った。「函数かんすう(関数)」とか「幾何」という数学用語も、西洋数学書の中国での漢文訳を、日本人がそのまま輸入したものだ。

 幕末の知識人が、西洋の脅威を正しく認識できたのも、漢文の本を読めたからである。1840年のアヘン戦争のあと、中国で「海国図志」という本が書かれた。これは、当時の最新の世界情勢と、西洋文明の政治体制や軍事技術などを解説した本である。幕末の日本にもすぐに輸入された。漢文なので、当時の日本人には簡単に読めた。

 佐久間象山や横井小楠、吉田松陰といった知識人も、この本から影響を受けた。「海国図志」序文の「西洋の得意とする技を学ぶことで、西洋に対抗するのだ」注2という思想は、幕末の開国論や、明治の富国強兵策に受け継がれた。

 中国と日本だけではない。朝鮮やベトナム、琉球(現在の沖縄)で書かれた漢詩や漢文にも、面白いものが多い。

 残念ながら、今日の日本の漢文教育では、自主規制によって教材が偏っているため、漢文ワールドの醍醐味だいごみは、味わいにくい。

 漢文はかつて、中高年より、むしろ若者のための読み物だった。社会的地位も経験も乏しい若者が、大人と対抗するために、漢文の本を読んで理論武装する。そして、社会に参画し、新しい時代を作るヒントを得る。幕末の高杉晋作も、そうして漢文を学び、自らも漢詩や漢文を書いた。稚拙だが、若々しい漢文もけっこう多いのである。

 作家で中国文学研究者でもあった高橋和已は学生時代、「論語」を読み、腹が立って本を下宿の壁にたたきつけたことが何度もあったという(「論語――私の古典」)注3

 だがある時、高橋は「論語」の一句に感動した。孔子が死の床に伏す弟子の手を取り「めいなるかな。この人にしてこのやまいあり。命なるかな」と嘆息した言葉だった。「運命というものか、これほどの人に、こうした病気があるとは」という意味だ注4。人間存在の不条理と、究極の人間関係。以来、「論語」は高橋を内側から支える「古典」になった。

 漢文は、青春のエネルギーにあふれた若者の格闘に胸を貸してくれる、スリリングな読み物でもあった。現代日本の中高年が、お説教の道具として漢文を援用するなら、若者は逃げるだけだ。

 若い人たちには、豊かな遊び心をもって、漢文に凝縮されたスリル満点の面白さを満喫してほしい。





注1 「饅頭こわい」の原典となった漢文笑話の本の写真を、弊サイト内にアップしてあります。こちらをクリック

注2 原文:師夷長技以制夷 書き下し文:の長技を師として以て夷を制す。

注3 『高橋和巳たかはし かずみ全集』第十二巻に収める。

注4 出典:『論語』雍也ようや第六   原文:伯牛有疾。子問之。自牖執其手。曰「亡之。命矣夫。斯人也而有斯疾也。斯人也而有斯疾也」。
 書き下し文:伯牛はくぎゅうやまい有り。これを問う。まどよりの手をりていわく「之をほろぼせり。命なるかな。の人にして斯の疾有ること。斯の人にして斯の疾有ること」と。





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