★「たった一杯の酒」
(パリの庶民。声:飯塚昭三氏)
たった一杯の酒。こいつが命。
色も恋もねえ。
いちんちじゅう働きづめでやっと手にしたもの。
それが(庶民の声→吟遊詩人)たった一杯の酒。こいつが命。
色も恋もねえ。
あるとすりゃあ、借金と飢えた家族。それぽっきり。
ベルサイユのことなんか知らないねえ。
オーストリアから来た王女だって?
スウェーデン貴族との火遊びごっこだって?
知らないねえ、俺たちは。
ベルサイユのことなんか、これぽっきりも知らないねえ。
それより欲しいぜ。たった一杯の酒。
たったの一杯。
★「死ね」
昨日、グラヴィリエ街で子供が死んだ。
パンが買えずに、子供が死んだ。
おととい、タンプルでは女が死んだ。
子供に乳をやろうと働きすぎて、女が死んだ。
死ね。太った豚はみんな死ね。
★「こいつさえありゃ生きてゆける」
アンドレ・グランディエ(A 声:志垣太郎氏)と吟遊詩人(B)の会話。
A ちょいと、お邪魔してもいいかい?
Bかまいませんよ、どうぞ。……さ。
Aありがとう。……ん、ああ。
Bあたしゃ足が悪いが、あんた、目がだめらしいねえ。
A……
Bそれに、恋にお悩みだ。
A……ああ。
B人は、この世に二つの光を見る。一つは日の光、星の光。目さえありゃあ見える光さ。そしてもう一つは、人の心と希望の光。こいつは目があるだけじゃ見えやしねえ。でも必要なのはこいつのほうさ。こいつさえありゃ生きてゆける。とことん落ちても生きてゆける。……心だよ、にいさん。愛しあうのは心と心だ。目えなんてやつぁあ、飾りみてえなみんさね。……元気出しなよ、元気出しなよ、にいさん。
★「なんでセーヌは」
なんでセーヌは濁っちまったんだろう。
花のパリはどこへ行っちまったんだ。
ひとっかけらのパンのために誰もが目の色を変える。
花を歌い恋を語ったあのセーヌは、どこへ流れていくんだ。
★「セーヌの流れは止まりゃあしねえ」
(吟遊詩人の死後。息子が弾き語りする。声:野沢雅子氏)
セーヌの流れは止まりゃあしねえ。
(……とうちゃんの口ぐせだった。)
それでもいつもセーヌは流れる。
悲しいこと辛いこと、すべてを飲みこみセーヌは流れる。
(ずっとずっと夜は続くが)
やがて日がのぼり明るい朝のなかで、涙した人がドアを開く。
するとそこに、いつものようにセーヌが滔々と優しく流れている。
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