小説「倭の風」に関する書評


10月22日(火)  日本経済新聞(夕刊) 「夕やけ図書館」

「倭の風」

 中国古来の京劇の研究家で、その演者でもある著者の初の小説。卑弥呼亡き後の邪馬台国、3世紀の日本を想像力を駆使して描いた。三国志や晋書などの外国や辺境の記録も取り入れ、「日本人の形成」を夢想の中に浮かび上がらせている。(PHP研究所・1800円)


10月27日(日)  京都新聞・信濃毎日新聞ほか、共同通信系配信の各紙

古代史を壮大なスケールで「倭の風」

 今年も少なからぬ新人が時代小説界にデビューしたが、ここにまた紹介に値する新人がふたり登場した。時代もテーマも全く違うが、どちらも今後が期待できる力作だ。
 嘉藤徹の「倭(やまと)の風」(PHP研究所・1800円)は、ヒメミコト(卑弥呼)死後の邪馬台国を描いた作品だが、物語は中国から始まる。「三国志」で有名な司馬仲達から、倭の女王国に使節団の入貢を促す密使に選ばれた張雄。倭国を目指す途中、高句麗人の襲撃に遭遇した彼は、倭人の生口(奴隷)トヨに助けられる。トヨはヒメミコトの後継者だった。軍事政権を築いたヒメミコトの弟ヒコミコトの野望を阻止するため、倭国を目指していたのだ。だが、ふたりが向かう倭国にはね数々の危難が待ち受けていた。
 邪馬台国の争乱を、アジアというグローバルな視野からとらえている点が新鮮だ。また、トヨたちとヒメミコト(「ヒコミコト」の誤りかーーー嘉藤)の戦いが、そのまま神話の終わりと、人間の歴史の始まりとなっていることにも注目したい。壮大なスケールで古代史に挑んだ作品である。(下略)

(細谷正充・文芸評論家)


11月4日(月)  読売新聞(朝刊) 
「エンターテイメント 時代小説」 細谷正充 

「卑弥呼」後の邪馬台国舞台に世界史的視座の古代ロマン

 いわゆる古代史には、多くの人が夢をかきたてられている。その理由は色々あるだろうが、あまりにも歴史が古いため断片的な事実しか判明していないことが、逆に想像力を刺激することが挙げられよう。その古代史の中でも、永年にわたり争論の的となっているのが邪馬台国の所在地だ。ところが不思議なことに、これだけ注目されている邪馬台国を扱った時代小説は、まだ少ない。だが、その邪馬台国に挑んだ作品が登場した。新鋭・嘉藤徹の「倭の風」だ。サブタイトルに"小説「卑弥呼」後伝"とあるように、ヒメミコト(卑弥呼)死後の動乱の邪馬台国が舞台となっている。
 「三国志」で有名な司馬仲達から、倭の国の女王国に使節団の入貢を促す密使に選ばれた張雄。倭国を目指す彼は途中、高句麗人の襲撃に遭遇し負傷したところを、倭人の生口(奴隷)トヨに助けられる。実はトヨは、ヒメミコトの後継者であった。
 一方、倭国ではヒメミコト亡き後、権力を握った弟のヒコミコトによる軍事国家が築かれていた。ヒコミコトの野望を阻止せんと倭国に戻ったトヨだが、軍に捕らえられてしまう。トヨを守れなかった張雄は、倭国で出会った仲間たちと共に、トヨ奪回に命を賭けるのだった。
 邪馬台国を描くのに中国から始めるとは、ずいぶん意表を突いてくれたが、こうした設定は、古代日本を世界史の流れの中に位置づけようという意欲の現われであろう。さらに注目すべきは、クライマックスで明らかにされる、トヨ達とヒコミコトの戦いの意味だ。それは、神々の時代から人間の歴史へと移り変わるための、通過儀礼に他ならない。作者は、巨大な時間と空間の視座から、激動の古代史を捉えているのだ。
 本書は、日本及び日本人形成の壮大なドラマであり、まさに物語でなければ味わうことのできない、古代のロマンなのである。

(文芸評論家)


[戻る]