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English summary Chinese summary

京劇演目の新分類法について
「J番号」の提唱

加藤 徹

本稿は『人間文化研究・第7巻』(広島大学総合科学部紀要III。印刷中)のための原稿を、ほぼそのままHTML化したものです。赤字はリンクです。茶色い字は、一般の漢字フォントに入っていない漢字を表わすための「合成文字」です。例えば[手寺][金助]なら、それぞれ「持」「鋤」という文字を表わします。
30 Oct. 1998


はじめに

 中国の地方劇の演目数は膨大である。三百種類を越える地方劇がそれぞれ豊富な演目を持ち、例えば京劇の演目数だけでも数千におよぶ(注1)。これらの地方劇演目の大半は作者不明で、劇種間の演目の伝播経路などにも不明な点が多く、今後の研究が待たれている。
 残念なことに、中国の戯曲・小説研究の分野においては、メルヘン研究におけるAT法(注2)のような分類法はいまだ考案されていない。そのため、近年つぎつぎと刊行されている地方劇の演目梗外集・解説書のたぐいは、おしなべて演目をストーリーの設定時代順に配列する体裁をとっている(地方劇演目のほとんどは作者不明なので演目制作年代順配列は不可能)。この設定時代順配列は演目を客観的に並べられる利点がある反面、演出趣向・テーマ面からみた演目どうしの類縁関係が見えにくくなってしまう(注3)。また演目名索引等を利用する際も、地方劇演目は異名が多いため、しばしば困難を伴う(注4)
 もし個々の演目に適切な「演目分類番号」をふることができれば、演目の趣向・内容による検索も可能となり、今後の研究に役立つことが期待できる。
 本稿の目的は、今後の地方劇演目研究のための補助線として、演目の合理的・客観的な分類法を構築することである。ただし、三百種類を越える地方劇の全てに適用できる演目分類法をいきなり構築することは困難が予想されるので、本稿では、まず地方劇の中で中心的位置をしめる京劇の演目について「京劇演目類型分類番号」(以下、京劇の中国語音「jingju」の頭文字を取って「J番号」と呼ぶ)を構想することにする。

 筆者が構想しているJ番号とは、例えば、次のような体裁をとる(最初に結論の一部を示すことになるが、行論の都合上、あえて例示する)。

  J12313

これは「正旦系の発声法によるうたを主軸とし(13)、動乱の時代(3)、人情劇的趣向をもつ歴史劇(12)である京劇演目(J)」という分類番号である。また、上記の分類番号部に説明的補助記号を付加し、

  J12313ceB-3

として、「紀元前3世紀(-3)の悲劇(B)、正旦系の発声法の女性(c)と顔にくまどりを塗った男性(e)が主要登場人物」という説明を追加できる。

 問題はどのようにして効率的かつ合理的な分類システムを組み立てるかであるが、その検討の前に、新分類法構築の参考材料として従前の演目分類方法をいくつか見ておくことにする。


従前の演目分類法

周憲王の雑劇十二科

 元末明初における演目分類法として有名なのは周憲王の「雑劇十二科」である。この分類法では、元雑劇の演目を内容によって、

  1神仙道化 2隠居楽道 3被袍秉笏 4忠臣烈士 5孝義廉節 6叱奸罵讒
  7遂臣孤子 8[金発]刀桿棒 9風花雪月 10悲歓離合 11煙花粉黛 12神頭鬼面

の十二種類に分ける。
 周憲王の意図としては、文人的立場から、演目を高級から低級へという順番に整理・配列したのだと推察される
(注5)。同じ宗教的演目でも、魂の救済を主眼とする「神仙道化」が最高位に置かれ、土俗的儀礼の面影を残す「神頭鬼面」と峻別されている点もそうであるが、当時の社会的要請に合致した分類法であったと言えよう。
 現代の研究者は雑劇について別の分類法も立てている(注6)

呂天成の南戯六門

 明代における南戯の演目分類法として有名なのは、明代中葉後期の呂天成による「南戯六門」である。この分類法では演目を内容ごとに、

  1忠孝 2節義 3風情 4功名 5仙仏 6豪侠

の六種類に分ける。
 この呂天成の六門は、田仲一成博士の分析によれば、宗族的観点に立った分類法である。南戯が上演されていた江南郷村で宗族体制への傾斜が進んだ結果、呂天成は、十二科に残存する原始祭祀の英霊怨霊の要素を明代郷村の抑民体制に適合するよう変形させる意図をもって十二科を六門に整理集約した、と博士は分析されている(注7)

陶君起の京劇十分類

 雑劇や南戯の戯曲的性格にくらべ、京劇は芸能的性格が強い。そのため一般に行われている京劇演目分類法も、芸能・興行的観点から演目を素朴に分けるもので、たとえば俳優の「芸」によって「文戯・武戯」「唱工戯・做工戯・唱做兼重戯」などと分ける方法、また長さによって「本戯・折子戯」「大戯・小戯」などと分ける方法などである。
 このほか「三国戯」「包公戯」など演目をシリーズ別にまとめて括る呼称も行われている。
 このように、京劇には、雑劇十二科や南戯六門に匹敵する演目内容類型分類は定着していない。ただし、今まで全く無かったわけではなく、たとえば陶君起はその『京劇劇目初探』(1957)の「引言」において、京劇の演目の内容を以下の十種類に分けて説明した。

  1. 反侵略・英雄的抗戦をえがいたもの。例「挑滑車」「八大錘」など。あるいは忠義・節操の気骨をえがいたもの。例「文天祥」「戦太平」など。
  2. 封建的圧迫に反対し、横暴に抵抗して立ち上がる「起義」をえがいたもの。例「打漁殺家」「五人義」「賈家楼」「丁甲山」など。
  3. 婦女が不屈の態度を堅持して、封建礼教や暴力などに抵抗するもの。例「宇宙鋒」「三撃掌」「六月雪」など。
  4. 正義・善良、己を捨てて他人を救い、権勢をおそれず、私的立場をはなれて行動する人物の高貴な品性を描くもの。例「捜孤救孤」「法場換子」「四進士」「[金則]美案」など。
  5. 軍国の大事業を背景として、政治・軍事的才能をえがいたもの。例「空城計」「群英会」「完璧帰趙」など。
  6. 統治階級の内部闘争を反映したもの。例「打厳嵩」「盗宗巻」など。あるいは統治階級の、なにがしか言行を述べたと言えるもの。例「打金枝」「金水橋」など。
  7. 神話劇。例「水簾洞」「白蛇伝」「宝蓮灯」など(この類型の演目は、往々にして前記の三類型の内容をもそなえる ---陶君起原注)。
  8. 生活寸劇。例「小放牛」「小上墳」など。
  9. 風刺喜劇。例「打面缸」「打砂鍋」など。
  10. 悲歓離合の愛情劇。例「春秋配」「花田錯」「梅玉配」など。

  「国防」を冒頭に置き、最後に「愛情」を置くこの十分類法は、1950年代の時代思想を反映した分類方法と言える。ただし、この十分類法は『京劇劇目初探』序文のこの箇所に出てくるだけで、本文は一千二百余の演目の梗概を設定時代順に紹介するという体裁を取る。著者自身この分類法を強く提唱したわけではなく、結局、追随者は出なかった。

まとめ

 従前の演目類型分類法は、それぞれの時代思想や価値観を反映していた。また京劇演目については、いまだ内容類型分類法が定着していない。
 なぜ京劇では、十二科や六門に匹敵する権威ある内容類型分類法が定着しなかったのだろうか。私見によれば、その理由は以下のようにまとめられる。

 以上の点をふまえ、演目類型分類法を構築するにあたって以下の方針にもとづくものとする。

  1. 京劇の芸能性、すなわち京劇演目においては物語の内容と俳優の「芸」が有機的に結びついている点を考慮し、ストーリーのみならず演出的要素をも加味した分類法にする。
  2. 京劇演目内容の複雑性、すなわち一演目を一類型に押し込める不自然さを考慮し、分類にあたっては「クロス・オーバー」方式を採用する。
  3. 京劇を取り巻く社会の価値観がめまぐるしく変動してきた点を考慮し、分類項目を立てるにあたっては、時流のイデオロギーに拘泥しない。
  4. 電算処理や外国人の利用の便も考慮し、分類表記は、数字・アルファベットを組み合わせた「J番号」で表示する。

 以上の方針にもとづいて筆者が考えた類型分類法とは、以下のようなものである。


京劇演目類型分類法(J番号法)の試案

J番号の基本構造

       A.内容類型分類(二ケタ) + B.時代背景分類(一ケタ) + C.芸能要素分類(二ケタ)

の五ケタで表示し、その後に必要に応じて

  D.臨時に追加できる補助記号

を付ける構造とする。
 以下、J番号の各部について説明する。

A「内容類型分類」部分(二ケタ)

 ここは十二科や六門にあたる部分である。「クロスオーバー」を考慮し、原則として二ケタをあてがう(理屈としては一演目が三つ以上の類型にまたがることもありうるが、J番号を短くおさえるため、そうした場合は最も優先的な類型二つまでとする)。
 具体的には、

  1歴史劇 2人情劇 3公案劇 4知謀劇 5豪侠劇
  6神怪劇 7寸劇 8現代劇 9その他

の9項目を立てる。それぞれの項目を詳しく書くと、次のようになる。

1、
歴史劇
登場人物は主として正史に名を残した有名人、およびその周辺の人物など。政治、戦争、歴史上有名なエピソードなどを描く演目。史実とかけはなれた潤色が著しい演目や、史上実在したことが疑われる人物の演目も、演劇のもつ本質的虚構性を考慮してここに含む。
2、
人情劇
登場人物は主として「小説」「説話」「伝奇」的な人物など。無名の市井人なども含む。人と人とのふれあい、人情の機微、喜怒哀楽、憎悪、男女の恋愛、家族愛(注9)など、登場人物どうしの心の交流や心理の動きに力点をおく演目のほか、その反対に極端な「非人情」を描く演目もここに含む。
3、
公案劇
登場人物は主として「探偵役」「裁判官役」的な人物、「事件」の被害者・加害者など。また裁判・捜査・証言・刑罰・監獄などが出てくる演目のほか、陰謀や事件の解決を描くミステリー的な趣向をもつ演目はおしなべてここに含む。
4、
知謀劇
登場人物の社会階層は多岐にわたる。機転・計略・策謀・詭計・兵法・とっさの判断などが重要な物語において重要な意味を持つもの。登場人物の頭脳の冴えを見せる演目のほか、反知謀劇、すなわち知謀の欠如ゆえの失敗を描く演目も含む。
5、
豪侠劇
登場人物は主として英雄豪傑・侠客・児女英雄など。友情・胆力・私闘・試合・復讐・盗みなど、登場人物の豪快な言動、信義の行い、侠客的行動を見せ場とする演目。またその反対に、極端に怯惰な言動を描いたり、反豪侠をテーマとする演目も含む。
6、
神怪劇
登場人物は主として、神・仙人・幽霊・妖怪・擬人化された動物など。ただし、人間だけが登場する演目であっても、超自然的現象や、天人感応、奇蹟などが物語の主軸となるものはこれに含む。また、反神怪をテーマとする演目もこれに含める。
7、
寸劇
この項目のみ、内容でなく演出体裁による分類とする。演目と演目のあいだの幕あいや、劇中劇として演じられるもの(例「請医」)や、独立した演目(折子戯)としては上演が難しいもの。また、京劇の慣習によって上演される儀礼的演目(例「天官賜福」)もここに含める。
8、
現代劇
この項目のみ、内容ではなく設定時代による分類とする。民国期以降の時代を舞台とした演目。新編歴史劇の演目(例「海瑞罷官」)は現代劇に含めない。
9、
その他
京劇ではあるが、上記のいずれの類型ともにわかに分類しがたいもの。

 一つの演目に上記の九つのうち二つの類型番号を割り振て、「〜劇的趣向をもつ〜劇」と表わす。
 例えば「神怪劇的な趣向をもつ公案劇」である演目は「36」、反対に「公案劇的趣向をもつ神怪劇」は「63」と表わす。「包公戯」の演目を例にとると、「打龍袍」は31、「赤桑鎮」は32、「烏盆記」や「探陰山」は36、となる。
  またある類型の思想・言動に対する「アンチテーゼ」を含む劇も、その類型に分類する。例えば、中途半端な知謀がもたらす失敗を描いた「失街亭」は14(知謀劇的な趣向をもつ歴史劇)、豪侠三昧の生活を送る不良を巧妙な話術で更生に導く「除三害」は45(豪侠劇的趣向をもつ知謀劇)、反神怪思想の演目「西門豹」は46(神怪劇的な趣向を持つ知謀劇)とする。
 二つの類型番号を割り振ることが自然でない場合、たとえば「純粋な人情劇」という場合は、「22」と表わす。

B「時代背景分類」部分(一ケタ)

 登場人物をとりまく状況について、以下のように分ける。

1、太平王朝の支配体制が強力で、社会に行き渡っている状態。ただし健全な社会ばかりでなく、腐敗・退廃した社会をも含む(例「包公戯」)。
2、混迷王朝の支配力が弱く、反乱や私闘が頻繁に起こり、治安も悪い状態(例「水滸戯」)。
3、動乱王朝の支配体制が崩壊し、動乱・戦争・革命などの状態(例「三国戯」)。
4、抗戦外国ないし異民族と戦争・抗戦を行っている状態(例「楊家将戯」)。ただし、元や清のように完全に異民族の統治下となった社会は、これに含めない。
5、外国中国人の生活圏から離れた場所(例「孫悟空三借芭蕉扇」「春香伝」「廉錦楓」)。
6、異界天上界・地獄など人間以外の世界(例「天女散花」「盗仙草」)。
(7・8は欠番とする)
9その他上記1から6のいずれとも、にわかに断定できぬもの。

 J番号の3ケタ目に上記の分類番号を一つだけ割り振る(もし演目の途中で状況が急激に変化する場合は、クライマックス場面の状況を選ぶ)。
 A「内容類型分類」部分とあわせて例を示すと、例えば「紅灯記」は854、「空城計」は143、「挑滑車」は154、となる。

C「芸能要素分類」部分(二ケタ)

 主人公(ないし主要登場人物)を演ずる俳優の「芸」の方向性によって、以下のように2ケタの番号を割り振る。京劇俳優の芸は、伝統的に「唱念做打」とされるとおり、聴覚的要素を主軸とする文戯、視覚的要素を主軸とする文戯、立ち回り中心の武戯、などに分けて分類する。すなわち、

とする。それぞれの各項目を、以下のような基準で更に小項目に分ける。

 10番代の、うた的要素が一番の「聞かせ場」になっている演目については、主人公ないし主要人物の「声色」によって分類する(西洋のオペラは声域によってパートを分けるが、中国の伝統劇は一般に声色によって人物を演じ分ける)。
 京劇俳優のパート(行当)は、伝統的に「生・旦・浄・丑」の四種類に分けられてきた。ここでは「四大行当」をもとに、以下の9項目を立てる。
  • 11、老生系の発声法によるうたが主軸である演目(例「李陵碑」)
  • 12、老生系以外の発声法による生のうた(小生、武生など)が主軸である演目(例「羅成叫関」)
  • 13、正旦系の発声法によるうたが主軸である演目(例「荒山涙」)
  • 14、正旦系以外の発声法による旦のうた(老旦など)が主軸である演目(例「釣金亀」)
  • 15、正浄系の発声法によるうたが主軸である演目(例「草橋関」)
  • 16、正浄系以外の発声法による浄のうた(副浄など)が主軸である演目(例「九江口」)
  • 17、丑系の発声法によるうたが主軸である演目(例「蒋干盗書」)
  • 18、複数の「行当」のうたがほぼ対等の比重で主軸である演目(例「二進宮」)
  • 19、その他、音楽的要素が主軸ではあるが、上記のいずれともにわかに分類しがたい演目
 あえて「老生のうた」「正旦のうた」と言わず「老生系の発声法」「正旦系の発声法」と定義する理由は、「紅生」(外観は浄だが発声法は生)など中間領域的な行当も明確に区別し、また、現代京劇の演目も考慮に入れるためである。ちなみに、京劇系では該当演目が少ない16や17も、京劇以外の地方劇には該当例が豊富にある(例: 広東漢劇「打王英」は16、粤劇には17の演目も多い)ことに鑑み、独立の項目として立てておく。
 20番代の、せりふ的要素が一番の「聞かせ場」になっている演目については、主要登場人物の言葉の種類によって分類する。
  • 21、「京白」が主軸となっている演目(例「連昇店」「豆汁記」「法門寺」など)
  • 22、「念」や「吟」など「文言的白話」が主軸となっている演目
  • 23、現代中国語(普通話)が主軸となっている演目
  • (24から28まで欠番)
  • 29、その他、せりふ的要素が主軸であるが、上記のいずれともにわかに分類しがたい演目
 ちなみに、シェークスピアの戯曲や歌舞伎と違い、中国演劇では「名せりふ」が少ない。登場人物は感きわまると、せりふよりも「うた」を歌ってしまうからである。
   30番代の、しぐさ的要素を一番の「見せ場」とする演目については、以下のように分類する。
  • 31、しぐさが主軸だが、登場人物のうたやせりふがしぐさと連動している演目(例「盗御馬」「秋江」「拾玉[金蜀](後半部)」など)
  • 32、純粋なしぐさが主軸で、せりふやうたがほとんどない演目(例「雁蕩山」「拾玉[金蜀](前半部)」など)。
  • 33、歌舞を主軸とする舞踊劇(例「天女散花」など)
  • 34、狂女のしぐさが主軸である演目(例「失子成瘋」「宇宙鋒」など)
  • 35、男性の狂死・気死・気絶のしぐさが主軸である演目(例「漢宮驚魂」など)
  • 36、「矮子歩」「翹[令羽]」「仏珠功」など、俳優が特殊な技を披露することを眼目とする演目
  • (37と38は欠番)
  • 39、その他、しぐさが主軸ではあるが、上記のいずれともにわかに分類しがたい演目

 40番代の、たちまわり的要素を一番の「見せ場」とする演目は、従来「武戯」と総称されてきた演目であるが、これを更に以下のように分類する。
  • 41、二人の格闘を主軸にした立ち回り演目(例「三岔口」「十字坡」「[手当]馬過関」)
  • 42、三人以上が入り乱れて格闘する「短打」的立ち回り演目(例「金銭豹」「盗仙草」)
  • 43、(人数に関係なく)厚底の靴を履きよろいを着た武者の立ち回りを主軸にした演目(例「挑滑車」)
  • 44、俳優が特殊な武技を披露することが眼目である演目(例「打瓜園」)
  • 45、立ち回りのひとり芝居
  • (46から48まで欠番)
  • 49、その他、立ち回りを主軸とするものの、上記のいずれともにわかに分類しがたい演目
 41と42を人数によって分けたのは、41に属する演目の上演頻度が比較的高いからである。
 50番代から80番代まで欠番とし、将来、新しい項目を追加する場合の予備領域とする。
 90番代は、上記のいずれともにわかに分類しがたい演目とする。
  • 91、11から49までのうち、複数の要素がそれぞれほぼ対等の比率で眼目となっているため、ひとつに特定できないもの。
  • 92、京劇俳優が、他の劇種の演目を「京劇化」せずそのまま上演したもの。すなわち興行的には京劇として上演されるが、中味は他の劇種であるもの。
  • 93、従来の京劇の概念を越える斬新な演出による演目。外国語京劇や実験京劇など。 
  • (94から99までは欠番とする)
 91については、次節でも触れるとおり、京劇の演目をなるべく細分化することで、長編演目が91に集中することを避ける。例えば「白蛇伝」は、連台本戯のままだと91になってしまうので、これを「折子戯」に分割したうえで、各折子にJ番号を振る。
 92については、かつては京劇俳優が崑曲も兼演したという経緯を考慮し、特にこの項目を立てる(陳凱歌監督の映画「覇王別姫」でも、京劇俳優が崑曲「牡丹亭」を歌うシーンがある)。ただし、もともと他劇種の演目であっても、すでに京劇演目として定着しているものは通常の京劇と同列に扱う。例えば「孫悟空もの」の大半は(音楽面から見れば)崑曲であるが、通常の京劇演目として扱う。このほか、例えば「秋江」はもともと川劇から移植された演目だったが、京劇化されているので、通常の京劇演目と同列に扱う。能の「安宅」を歌舞伎に移植した「歓進帳」が、もはや能ではないのと同じことである。
 93の例としては、中国京劇院の新作京劇「坂本龍馬」がある。ハワイ大学の英語京劇「鳳還巣」、日本の京劇研究会による日本語新作"京劇"「法拉蒂人与克里亜蒂人」などもこれに含む。


D、補助部(臨時に追加できる補助記号について)

 J番号の基幹部は以上であるが、必要に応じて、上記の数字のあとに補助記号を追加し、演目内容に説明を追加することができる。補助部は、基幹部との区別を明確にするため表示にアルファベット等を使用する。また、説明追加という目的上、補助部のケタ数は限定しない。

 主役・主要登場人物の種類をあらわす小文字の記号を(何個でも)追加できる。

  • a、非「須生」的男性 (顔にくまどりがなく、髭をつけていない)
  • b、「須生」的男性 (顔にくまどりがなく、髭をつけている)
  • c、「青衣」「花旦」「武旦」的な若い女性(うたやせりふは高い裏声)
  • d、「彩旦」「老旦」的な中高年の女性(うたやせりふは低い地声)
  • e、「浄」的な、顔にくまどりをぬった男性
  • f、「丑」的な、顔を白く塗った道化役の男性
  • g、外見が人間以外であるキャラクター。動物・神仙・妖怪など。
  • (hからyは欠番とし、将来のための予備領域とする)
  • z、その他
 例えば「覇王別姫」は「J12313」であるが、主役の虞美人(c)と覇王・項羽(e)が出てくる。そこで「ce」を加え、「J12313ce」と表示することもできる。また例えば「真仮李逵」は本物の李逵(e)と偽者の李逵(e)が対決する演目であるので、もし記号を追加する場合は「ee」とする。
 演目の性格の補足説明として大文字の記号を(必要に応じて何個でも)追加できる。
  • A、団円劇(中国語でいう「喜劇」。幸福な結末で終わる演目)
  • B、悲劇
  • C、喜劇(中国語でいう「笑劇」)
  • D、風刺劇
  • E、啓蒙・教育劇
  • F、翻訳・翻案劇
  • G、新編歴史劇
  • H、革命的現代京劇
  • I、いまは上演が廃絶した演目
  • (Jは、J番号の冒頭との混同を避けるため欠番とする)
  • K、登場人物がひとりのみの独人劇
  • L、復讐がテーマとなっている演目
  • M、男女の情愛がテーマとなっている演目
  • (NからYまでは途中欠番とし、将来の追加のための予備領域とする)
  • Z、その他
 上記のうち、AとBの区別は一見、明確すぎるようであるが、中国演劇では結末を改作することが珍しくないことに鑑み(注10)、あえてこうした補足説明用の記号を残しておく。
 一例をあげると、「文化大革命」の発端となった問題演目「海瑞罷官」は最後に「DG」と追加し、同演目の性格を強調することができる。
  1. 物語の時代設定について、その設定時代を西暦で表わすことができる。
    • (前略)
    • -3 (紀元前3世紀)
    • -2 (紀元前2世紀)
    • -1 (紀元前1世紀)
    • +1 (1世紀)
    • +2 (2世紀)
    • +3 (3世紀)
    • (以下略)
  2. 2世紀以上にまたがったり、判然としない場合は、次のように表わす。
         例 +14/15  14世紀〜15世紀
  3. 「歴史年代不明」をことさらに明示する必要がある場合は「?」を使う。
    ±?年代不明
    -?紀元前の物語であるが、年代不明
    +?紀元後の物語であるが、年代不明
    +7?7世紀の物語らしいが、詳しくは不明
  4. 単に不明なのではなく、最初から意図的に「超時代性」を狙った演出である場合などは「X」を使う。
       例 ±X  年代秘匿。

(「X」と「?」の使用法については次項参照)
補足

 J番号の各部分(追加補助記号も含む)について、「O(ゼロ)」「9」「X(エックス)」「?」などの符号は、以下の意味内容をあらわすものとする。

  • O、種々の理由によりあえて表示をひかえる、分類を差し控える、など。
  • 9、「その他」をあらわす。
  • X、一つに特定できない、複数の項目があてはまる、など。
  • ?、データ不足により不明、調査中、など。


「京劇演目内容分類番号」の運用にあたっての方針

 演目にJ番号をふるときは以下の方針・原則にしたがう。

長編演目細分化の原則

  京劇の上演形態は「折子戯」中心である点に鑑み(注11)、長編演目については、なるべく「折子戯」に分けたうえでJ番号をふる。
  例えば「白蛇伝」関係の京劇演目で現在もよく上演される演目をストーリー順に並べてみると(注12)

 これらに共通している要素を最大公約数的にまとめると、総体としての京劇演目「白蛇伝」は、

   白蛇伝  J6XX91  (総合的な演出趣向による神話劇)

となる(「祭塔(新)」は独立の演目たりえないので考慮外とする)。
 このように長編演目ほど「x」(エックス)や「91」(総合的演出)が頻出する可能性があるので、折子戯に分けて番号を振ることがのぞましい。

「シリーズ足並び」の原則

 J番号をふる際、シリーズ的な演目については、最初の1ケタ目をなるべくそろえるようにする。
 例えば上記の「白蛇伝」の各演目は、最初の1ケタはみな「6」にそろえてある。個々の演目について見ると、例えば「遊湖借傘」は26(神話劇的趣向をもつ人情劇)とすべきか、62(人情劇的趣向をもつ神話劇)とすべきか判断に迷うところである。実際「遊湖借傘」では白蛇も青蛇も「魔力」を使わずまったく普通の人間として振る舞っているので、26でも構わないように思われる。ただ、もしこれに26とふってしまうと、「盗庫銀」以下と最初の番号がばらばらになってしまうので不都合である(同様の理由で「盗庫銀」も56ではなく65とする)。
 別の例をあげると、「空城計」は諸葛孔明の知謀の冴えを描いた演目であるが、この「空城計」は史実ではなく戯曲・小説界の虚構の物語である。だからといって35(歴史劇的趣向をもつ知謀劇)としてしまうと、他の三国志ものと隔絶してしまう。そこで53(知謀劇的趣向をもつ歴史劇)とする。
 以上はシリーズ的演目について述べたものであるが、「単発的演目」についても、なるべく類似演目との関係が明らかになるような配慮のもとに類型番号を決定するべきである。

曖昧さを避けるため、必要があれば一演目を更に細分化してJ番号をふる

 「x」「91」の出現をなるべく避け、分類を明確にするために、必要に応じて一演目内でも「, 」(カンマ)を打って内容を分けることができる。
 例えば「覇王別姫」は、現在では、いわゆる四面楚歌の部分のみ一演目として常演される場合が多いが、これはさらに、
   前半部 J12318ce (虞美人と項羽のうたが主軸)
   後半部 J12333ce (虞美人の剣舞と自決)
と分けることができる。そこで
   覇王別姫 J12391ce (91は総合的演出をあらわす)
と表わしてしまうこともできるが、できれば「91」という曖昧な表現を避け、
   覇王別姫 J12318,12333,ce
と表記し、重複登録する方が明確になる(後半部は独立演目ではないので「J」で始めない)。
 同様に、例えば「拾玉[金蜀]」は
   前半部 J22132ca
   後半部 J22131cdC
と分けられるので、
   拾玉[金蜀] J22132ca, 22131cdC
と表記して良いことにする。
 なお、いずれか選択しなければならない場合は、その演目のクライマックスにあたる見せ場の方を選ぶこととする。

同一演目で複数のバリエーションが存在する場合は「/」(スラッシユ)で並記する

 例えば「金玉奴」と「豆汁記」は、本来同一演目であるが、結末が違うので、まとめて

     J22121ACI/BC

 と表記することができる(古いバリエーションの方を先に書くのを原則とする)。また例えば「九江口」の張定辺は老生と浄の二とおりの演じかたがあるので(ただし近年は浄が普通)、

   J14311/14316, B+14

あるいはこれを略して、

   J143[11/16]B+14

  と表記する。これで「14世紀の動乱期を舞台とする、知謀劇的趣向をもつ歴史悲劇。老生系のうた・副浄系のうたのふたとおりの演出法がある」という情報を盛り込むことができる。


む す び

 以上、「京劇演目分類番号」(J番号)についての筆者の構想と試案を述べてきた。一応これで京劇の全演目にJ番号をふることが可能になったわけである。
 本稿の目的は、「J番号」という新分類法の構築とその提唱にある。それを研究に活用し、改良と彫琢を加えてゆく作業はこれからであり、この段階では時期尚早の感もあるが、最後にJ番号を活用した研究の可能性についてあえて展望を述べ、むすびに代えたい。
 J番号は、まず京劇史研究への活用が期待できる。京劇の過去の上演記録に残る演目名をJ番号によって分類し、時代のちがいや観客層の差異などによって、上演演目の傾向がどう変化するかなどを分析する研究が可能である。
 また、京劇以外の地方劇研究への応用も考えられる。各地方劇ごとの特性にあわせての微調整は必要であろうが、たとえば秦腔演目なら「Q番号」、川劇演目なら「C番号」、粤劇演目なら「Y番号」というように分類番号を拡張する。三百種類を越える地方劇の演目に拡張J番号をふってデータベース化し、パソコンのソート機能を駆使すれば、類縁演目の検索しぼりこみや、演目傾向の定量的研究に威力を発揮するであろう。
 さらに長期的には、J番号的システムを中国国外の外国演劇の演目にまで拡張応用することも考えられる。
 かつてアールネによって考案されたヨーロッパ・メルヘンの分類法は、改良を加えられてAT法となり、世界各地のメルヘン分類に応用できるようになった。インターネットで世界が結ばれている現代、戯曲・演劇研究の分野でも、なんらかの国際的規格があれば便利であろう。
 筆者はそのような展望のもと、あるていど客観性をそなえた演目分類法を模索してみた次第である。


[ 注 ]

  1. 陶君起『京劇劇目初探』(1957)は1295演目を、曽白融主編『京劇劇目辞典』(1989)は5300余の演目を収める。
  2. メルヘン研究者のあいだでは、世界各地のメルヘンを、例えば「AT709」のように表示する慣習が国際的に確立している(「AT」は、民俗学者アンティ・アールネとスティス・トムソンのイニシャルを取ったもの)。AT番号さえわかれば、そのメルヘンの趣向や構造がある程度わかる仕組になっている。
  3. 例えば、牢獄の中で冤罪の女囚が恨みのうたを歌うという趣向は、「六月雪」の「探監」(時代設定は元)と「蘇三起解」前半部(時代設定は明)に共通して見られ、両者はうたの腔調までが酷似しており、同系の演目と言えるが、設定時代順配列ではその相関性は見えにくい。また「三岔口」「十字坡」「[手当]馬過関」の三演目は「旅館の中で、旅行者と旅館の持ち主がふたりだけの死闘を繰り広げるが、最後は仲間になる(あるいは仲間だったとわかる)」という同趣向の演目であるが、設定時代順配列ではばらばらになる。
  4. 例えば京劇海外公演でよく上演される「孫悟空三借芭蕉扇」「芭蕉扇」「借扇」「火焔山」「白雲洞」は全て同一演目の異名である。
  5. 田仲一成『中国演劇史』(東京大学出版会、1998)p.164-p.169参照。
  6. 同『中国演劇史』「第四章・元代演劇の形成」では、雑劇が以下の7種に分類されて論述されている。
     I.郷村祭祀に由来する元代雑劇
      1英雄鎮魂劇=英雄劇
      2冤鬼鎮魂劇=公案劇
     II.宗族祭祀に由来する元代雑劇
      1神仙道化劇=慶祝劇
      2宗族指向劇=家庭劇
      3文人伝奇劇=思情劇
     III.市場地環境に由来する元代雑劇
      1妓院風情劇=風月劇
      2強人侠士劇=緑林劇

     これは、演目内容を演劇発生過程と結びつけた学術的分類といえる。

  7. 上掲『中国演劇史』p.168-p.169
  8. 陶君起自身も十分類法の7「神話劇」の項で「この類型の演目は、往々にして前記の三類型の内容をもそなえる」と述べているが、この神話劇に限らず、京劇の演目内容を一類型に一義的に押し込めるのは無理である場合が多い。
     この十分類法に即して例をあげると、例えば「白蛇伝」は「神話劇」であると同時に、白蛇と許仙の「悲歓離合の愛情劇」でもあり、また「婦女である白蛇が不屈の態度を堅持して、封建礼教や暴力などに抵抗する」演目でもある(この最後の要素ゆえに、新中国では一時期この演目が大いにもてはやされた)。
     また「[金則]美案」も「権勢をおそれず、私的立場をはなれて行動する包拯の高貴な品性」「婦女である秦香蓮が不屈の態度を堅持して抵抗する」「皇族である皇太后・皇姑と、高級官僚である包拯の対決という、統治階級の内部矛盾」など複数の類型にまたがる内容をそなえている。
     京劇にくらべると、雑劇は、戯曲体裁の程式化が徹底しているため、京劇演目のような複雑性はむしろ少ない。また南戯演目も、宗族体制の統制を受けたり、文人の手が入っていたりで、テーマがよく整理されている傾向がある。
  9. 家庭劇や思情劇も、あえてこの一類型に統合する。その理由は以下のとおりである。
     旧社会では、男女の恋愛といえども、家族道徳・儒教倫理の制肘下にあった。京劇演目においては、家庭劇と思情劇の要素を融合した佳作が多い。一例をあげると、「豆汁記」(金玉奴)の妙味は、金玉奴と莫稽という若い二人の男女の人情の機微に、金玉奴の父親・金松のキャラクターがからんでくる点にある。この「豆汁記」を「家庭劇」「思情劇」のいずれか一に分類すると、その妙味を殺すことになる。
  10. こうした例は枚挙にいとまがない。例えば京劇「金玉奴」旧本は「金玉奴は莫稽を許し、二人はもとの鞘におさまる」という結末をもつ団円劇(A)だったが、1950年には結末を「金松と金玉奴は、莫稽を棄てて去る」と改作し、題名も「豆汁記」となった。また「白蛇伝」の結末も、元来は「祭塔」という悲劇(B)だったが、現在は白蛇が雷峰塔から救出されて家族と団円(A)という黙劇を付加する演出が多い。旧本が廃絶されている場合はまだしも、「姚期」のように、団円劇と悲劇の新旧両本が並存している例もある。元雑劇「竇娥冤」以来の伝統をもつ悲劇「六月雪」さえ、京劇では結末を団円に改作して上演することがある。
     また中国の場合、興行的理由だけでなく「政策」による改作という中国固有の事情も考慮しなければならない。
  11. 京劇は本質的に都市芸能であったので、地方劇のように、長大な目連戯を何日もかけて連日連夜上演するような上演形態はなじまず、長い物語の一部だけを「折子戯」という形で上演するのが普通であった。上海で一時期連台本戯の上演が流行したという例外もあるが、今日でも京劇の興行公演は依然として折子戯中心である。
  12. もともと「借傘」の前には
      収青  J69641caI
    という京劇演目があったが「(男の青蛇が白蛇に負けて)女性に性転換するという内容は不適切」という理由で田漢本以降、廃絶演目(I)になった。ただし「収青」は今も地方劇に残っている(川劇など)。


    English summary

    A New Method for Categorizing Peking Opera Plays
    J-numbering System

    KATO,Toru

     China is renowned for its traditional plays. There are more than 300 kinds of local theatrical performances in China, and one of them, Peking opera, encompasses more than 5,000 plays in its repertoire.
     The author has invented a new system, called J-numbering Method, for categorizing Chinese traditional plays. This method can be a great help in searching and sorting plays. For instance, "J12313" means "a Peking opera play (J) which describes emotions of major persons (12) at war (3) in Chinese history: feminine chants are appealing (13)."
     Although the contents which J-numbering provides may at first sound rather complicated, in reality it is a system which easily can be mastered by anyone, and thus enriches the field just as the invention of "Aarne-Thompson tale type" energized the folklore studies.

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    京劇劇目的新分類法
    J号碼分類方式

    加藤徹

     中国是戯曲大国, 擁有三百種以上的地方戯。其中僅京劇的劇目就超過五千条以上。筆者発明了中国伝統劇目的新分類法, 叫作「J号碼分類方式」。這箇分類法在検索, 分類時使用非常方便。例如「J12313」表示「京劇劇目(J)、着重於描写人情的歴史劇(12)、登場人物在動乱的情況下(3)、正旦的唱工戯(13)」
     J号碼表示的内容相当複雑, 但実際上容易学会。這箇新分類法在戯曲研究上的意義正与民俗学者使用的「Aarne-Thompson民間故事類型」国際分類法相似, 将会有助於推進国際性的戯曲研究。

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