截江奪斗(せっこうだっと)Jie-jiang-duo-dou
これから見ていただくのは、截江奪斗、逃げてゆく川船の前に立ちはだかって劉備の息子を奪いかえす、という三国志(さんごくし)の一節のお芝居です。
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周善(しゅうぜん)が馬に乗って登場します。
京劇では、馬のきぐるみは使わず、俳優の演技や手に持っている小道具によって馬に乗っていることを表わします。
周善は自己紹介のせりふを言います。
「わたしは周善と申すもの。呉(ご)の孫権(そんけん)さまのご命令を受け、これより荊州(けいしゅう)の地に参り、劉備(りゅうび)の妻となっている妹ぎみをだまして呉に連れかえります。さあ、馬を急がせよう」
場面かわって、こちらは荊州です。
まず宮女(きゅうじょ)たちと宦官(かんがん)が登場します。呉の孫権のいもうと・孫尚香(そんしょうこう)が、赤ちゃんを抱いて登場します。
彼女は劉備と結婚しました。胸のなかの赤ちゃんは、劉備のあととりで、名前を「阿斗」(あと)と言います。孫尚香の生んだ赤ちゃんではありませんが、彼女は自分が生んだ子供のようにかわいがっています。
孫尚香は登場の詩をよんだあと、自己紹介のせりふを言います。
「宝石のさげ飾りが鳴りわたる宮殿で、夫婦ともども富貴を享受しています。
(詩)妃(きさき)のきらびやかな服にはオシドリの刺繍があざやかに
黄金のカンザシはつややかな黒髪にまばゆく
宝石の冠をあたまにいただき
金銀宝石は耳もとで光をはなつ。
わらわは孫尚香と申します。英雄・劉備玄徳(りゅうびげんとく)の妻でございます。わが君は、歩兵騎兵の部隊をひきい、西川(せいせん)の地に遠征に出ておりまする。わが君は留守のあいだ、国の政治を軍師の諸葛孔明(しょかつこうめい)どの、張飛(ちょうひ)どの、趙雲(ちょううん)どのらにまかされ、わらわには、この幼き阿斗の面倒をよくみるようおっしゃられました」
周善が、幕の中で「馬をもて」と言ったあと、舞台のうえに登場します。
「(詩)呉のくにを離れて、
荊州のくにまでやってきた。
ようやく着いた。扉をたたこう」
宦官が言います。
「扉をたたくのは誰じゃ」
周善は言います。
「呉のくにより周善が参ったと、お伝えくだされ」
宦官は、周善を孫尚香のところに連れてゆきます。
周善は、孫尚香の母親からの手紙を渡します。実はこの手紙はニセモノなのですが、孫尚香は、くにもとの母親からの手紙と聞いて喜びます。
母親からの手紙には「自分はいま重い病気にかかっている」と書いてあります。
母親おもいの孫尚香は、涙をながして悲しみます。
実はこの手紙は、孫尚香を呉の国に連れ帰るために、兄の孫権が偽造したニセモノなのですが、孫尚香はすっかり信じてしまいます。
孫尚香は、母親のおみまいに、一時、呉の国に帰ることを決意します。
周善は「呉の国に帰ることは、ないしょにしてください。とくに諸葛孔明には知られてはなりません。もし知られたら、孫尚香さまが国に帰る許可を出してくれないでしょう」と言います。
当時、呉の孫権と、劉備玄徳のあいだには領土問題をめぐって緊張が高まっていました。
孫尚香は周善に、こっそり帰国のための船を準備するよう命令します。
孫尚香は、病気の母のことを思い、涙にくれます。
場面は変わって、趙雲(ちょううん)が登場します。
「(詩)八門金鎖(はちもんきんさ)の陣(じん)をかまえて、
九扣連環(きゅうこうれんかん)の威名(いめい)は中国の外まで聞こえている。
長坂坡(ちょうはんは)で、若ぎみをお救い申し上げたときは
敵の曹操(そうそう)の軍隊は、怖じ気づいて足も地につかぬありさまであった。
それがしは、姓は趙、名は雲、あざなは子龍(しりゅう)と申します。生まれは常山(じょうざん)というところです。わが兄、劉玄徳(りゅうげんとく)さまは、軍隊をひきいて西川(せいせん)の地に遠征に出ておりまする。それがしは、軍師の諸葛孔明どのの指示により、国境内を見回っております」
部下がかけつけてきます。
部下は趙雲に「大変です。呉の周善というものが、奥がたと若ぎみを連れて、ひそかに国境をこえて呉の国に帰ろうとしております」
趙雲は仰天します。このことはまだ、諸葛孔明も、張飛も知らないのです。
趙雲は部下に、このことを早く張飛に知らせるよう命令します。
趙雲は悩みます。いま、主君の劉玄徳が国を留守にしているというのに、留守を守る孫尚香がかってに国に帰ろうとしているのは、なにか、裏の事情があるにちがいない、と、そう考えた趙雲は、みずから孫尚香たちを追いかけることにします。
場面かわって、張飛が登場します。
「(詩)むかし俺たちは桃園(とうえん)で馬と牛をそなえものにして
天をまつって義兄弟のちぎりを結んだ
それからの俺は、獅子奮迅(ししふんじん)の大活躍
俺のひと吠(ほ)えで橋はくずれ、俺の槍で呂布(りょふ)の冠もふっとんだ
俺は、姓は張、名は飛、あざなは翼徳(よくとく)。兄貴が軍隊をひきつれて西川に行っちまったんで、俺は軍師どのの指示で、国境ぞいの川べを見回っている」
部下が登場して張飛に報告します。
「大変です。呉の周善というものが、奥がたと若ぎみを連れて、ひそかに国境をこえて呉の国に帰ろうとしております」
張飛は仰天します。
部下は続けて、趙雲にはすでにこのことを報告ずみであることを付け加えます。
張飛は部下に、このことを早く諸葛孔明に知らせるよう命令します。
いま、主君の劉玄徳が国を留守にしているというのに、留守を守る孫尚香がかってに国に帰ろうとしているのは、なにか、裏の事情があるにちがいない、と、そう考えた張飛は、みずからも孫尚香たちを追いかけることにします。
張飛は部下に、馬をひいてこさせます。
周善が馬に乗って登場。
女の車夫(しゃふ)が、阿斗をだく孫尚香をうながして、馬車に乗せます。
やがて馬車はとまり、待ちかまえていた船のりが、一同を船に乗せます。
この一連のしぐさは、せりふなしのパントマイム風に行われます。
趙雲が馬に乗って登場。
趙雲は馬をおり、待機していた船乗りと一緒に、船にのります。
この一連のしぐさは、せりふなしのパントマイム風に行われます。
張飛が馬に乗って登場。
張飛は馬をおり、待機していた船乗りと一緒に、船にのります。
この一連のしぐさは、せりふなしのパントマイム風に行われます。
周善と孫尚香が乗った船が登場します。
そのあとを趙雲の船が追いかけてきます。
周善は弓で矢をいかけますが、趙雲はその矢をはじきます。
趙雲はとうとう、孫尚香の船にとびのり、周善と槍(やり)で戦います。
孫尚香は趙雲に「わらわの行く手をさえぎるとは、無礼(ぶれい)であるぞ。わらわは病気の母上をお見舞いに里帰りするだけである」となじります。
趙雲は「奥がたさまこそ、わが君のおゆるしも得ずかってに呉の国に里帰りするとは、あぶのうございます」と言います。
趙雲は必死に説得をこころみますが、孫尚香はききません。ふたりは歌で互いの主張をぶつけあいます。
孫尚香は芯(しん)が強い女性なので、さすがの趙雲もたじたじです。
孫尚香は趙雲に「どうしてもそなたがわらわの行く手をはばむなら、わらはは、この子を抱いたまま川に飛び込み自殺します」と言います。
趙雲は困ります。「その昔、長坂坡(ちょうはんは)の戦いのとき、私が命をかけてお救いした若ぎみを、みすみすこのまま川のなかに飛び来ませはしません」
孫尚香は趙雲に、長坂坡のことをたずねます。
趙雲は身ぶり手ぶりを入れて、当時の様子を孫尚香に語ってきかせます。
趙雲は、戦闘の混乱のなかで、阿斗の生みの母親から阿斗を託されたときの様子をまねします。また、自分が幼い阿斗をかかえながら、曹操(そうそう)の手強い武将たちを次々に倒し、血路(けつろ)をひらいて敵の包囲を突破した様子を、熱演します。
孫尚香は、趙雲のひとり芝居に見入ってしまいます。こうして趙雲は、味方の救援が追い付くまでの貴重な時間をかせぐことができました。
趙雲のひとり芝居が最高潮に達したとき、ようやく、張飛の船が追い付きました。
張飛も、孫尚香の船にとびのります。
張飛は、電光石光(でんこうせっか)のはやわざで槍をつかい、周善を殺してしまいます。
張飛は、孫尚香の手から阿斗をうばいかえします。そして、自分の船にとびかえります。
孫尚香は泣きながら、そのまま船で呉の国の方へもどって行きます。
阿斗をうばいかえした張飛と趙雲は、たがいの機転とはやわざをたたえあいながら、なごやかに帰還してゆきます。
(完)