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第16回 特別推進研究「清朝宮廷演劇文化の研究」研究会 成果発表II
2013年3月9日(土)15:45~16:15 仙台市戦災復興記念館

「昇平宝筏」と京劇「大鬧天宮」
―李天王の歌詞を比較する―

加藤 徹(明治大学) http://www.geocities.jp/cato1963/
Compare the Lyrics of Li Tianwang (Li Heaven-King),chanted in
Qing Dynasty Court Theatre "Shengping Baofa" (Prosperity and Peace, the Treasure Raft),
and Beijing Opera "Danao Tiangong" (Big Uproars in Heaven)
最初の公開2013-3-6 最新の更新2013-3-14
昔の京劇界では「唱死天王累死猴」という言葉があった。「鬧天宮」の舞台では、李天王は激越な高い声で唱うので演ずる役者はのどが辛くて死にそうになり、孫悟空は立ち回りが多いので役者は体が疲れて死にそうになる、という意味である。逆に言うと、李天王の「唱段」は、「鬧天宮」の見せ場の一つであった。
 清朝宮廷劇の後世への影響の一例として、「鬧天宮」(現在は「大鬧天宮」とも)の李天王の歌詞の字句の変遷を取り上げる。 張照(1691-1745)の『昇平宝筏』故宮本・大阪本と、『清蒙古車王府蔵曲本』、清末の『梨園集成』、民国期の『戯考』、現行の京劇脚本の該当部分の字句の異同を比較し、考察を加える。
ここからダウンロードしてください。
[当日配布したプリント](PDFファイル、容量2MB)

今回比較する版本のうちの一部。
『大阪府立中之島図書館蔵『昇平宝筏』』
(東北大学出版会、2013年)
『梨園集成』
(光緒 6 年=1880 年刊)
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車王府本「鬧天宮 全串貫」
『清蒙古車王府蔵曲本』
第五十八函第三冊
車王府本「鬧天宮 総講」
『清蒙古車王府蔵曲本』
第五十八函第三冊
京劇,脚本,清朝,鬧天宮,車王府 京劇,脚本,清朝,鬧天宮,車王府


各版本の歌詞の比較
李天王(ら)が唱う「点絳唇」の曲牌の唱段
【大阪】統領熊羆、軍威厳、尊天帝、殲厥渠魁、掃尽妖魔輩。
【故宮】統領熊羆、軍威厳、遵天帝、殲厥渠魁、掃尽么麼輩。
【車総】十万熊羆、星辰斉集、遵天帝、殲厥渠鬼、掃尽如斯輩。
【車全】十万熊羆、星辰斉集、遵天旨殲滅渠魁、掃尽如斯輩。
【梨園】十万雄兵星宿斉集、尊天地要滅除魁、掃尽如輩。
【戯考】十万雄兵星宿斉集、尊天地要滅除魁、掃尽如輩。
【叢刊】十万熊羆、星辰斉集、尊天帝、剿滅渠魁、掃尽如輩。
【中院】十万熊羆、星辰斉集、尊天地剿滅渠魁、掃尽如斯輩。
【北院】十万熊、星辰斉集、尊天地剿滅渠魁、掃尽如輩。
【大阪】・・・『大阪府立中之島図書館蔵『昇平宝筏』』(東北大学出版会、2013年)より、第一本第十七齣。
【故宮】・・・故宮本『昇平宝筏』第一本第十六齣。胡勝・趙毓龍校注『西遊記戯曲集』(遼海出版社、2009年)より。「今拠『古本戯曲叢刊九集』故宮博物院図書館所蔵清内府鈔本、参照中国国家図書館所蔵二十巻清鈔本校録。」(同書p192)
【車総】・・・車王府総講本。『清蒙古車王府蔵曲本』第五十八函第三冊に収める「鬧天宮総講」より。(北京古籍出版社、1991年刊の影印本を参照)
【車全】・・・車王府全串貫本。『清蒙古車王府蔵曲本』第五十八函第三冊に収める「鬧天宮全串貫」より。
【梨園】・・・『梨園集成』(光緒 6 年=1880 年)東京大学東洋文化研究所の雙紅堂本(東京大学東洋文化研究所所蔵漢籍善本全文影像資料庫 http://shanben.ioc.u-tokyo.ac.jp/)。
【戯考】・・・中華図書館版『戯考』(1913年~1925年)第三十八冊「鬧天宮」。影印本『戯考大全』5(上海書店、1990年)
【叢刊】・・・中国戯曲研究院編『京劇叢刊』第八集(新文芸出版社、1953年、上海)
【中院】・・・「中国京劇院出国演本 大鬧天宮」1979年来日公演時のスタッフ用脚本。
【北院】・・・北京京劇院「京劇西遊記 孫悟空大鬧天宮」2012年6月の来日公演時のパンフレットに載せる日中対訳の脚本より(主演:李丹、詹磊)。

『昇平宝筏』【故宮】の訳
熊羆(ゆうひ)を統領し、軍威は厳厲(げんれい)なり。天帝に遵(したが)ひ、厥(そ)の渠魁(きょかい)を殲(つく)し、么麼(ようま)(幺麼)の輩(やから)を掃尽せん。
→ 勇士たちを率いて、わが軍の威容は厳かである。天帝のご命令を遵守して、かの賊軍の頭目(孫悟空)を殲滅し、取るに足らぬ輩を掃蕩しよう。
      cf.『尚書』胤征「殲厥渠魁、脅従罔治」。
京劇「大鬧天宮」【中院】の訳
十万の熊羆、星辰(せいしん)、斉(ひと)しく集(つど)ふ。天地を尊び、渠魁を剿滅(そうめつ)し、斯(か)くの如き輩を掃尽せん。
→ 十万の勇猛なる星々が整列して集結した。天地の神を尊び、かの賊軍の頭目を掃滅し、このような輩を掃蕩しよう。

李天王が唱える七言詩

【大阪】大将桓桓出玉庭、神兵十万列連営。天羅地網安排定、管取乾坤永太平
【故宮】大将桓桓出玉庭、神兵十万列連営。天羅地網安排定、管取乾坤永太平
【車総】大将桓桓出玉庭、雄兵十万列連営。天羅地網安排定、管取妖猴一命傾。
【車全】大将桓桓出天庭、天兵十万列連営。天羅地網安排定、管取孫猴一命傾。
【梨園】大将綏綏夫玉廷、天兵十万列連営。天羅地網安排定、管取天猴一命
【戯考】大将綏綏夫玉廷、天兵十万列連営。天羅地網安排定、管取妖猴一命傾。
【叢刊】(欠)
【中院】大将緩緩出御庭、神兵十万列連営。天羅地網安排定、管取妖猴一命傾。
【北院】大将款款出御庭、神兵十万列連営。天羅地網安排定、取妖猴一命傾。
『昇平宝筏』(【大阪】【故宮】)の訳
大将、桓桓(かんかん)として玉庭を出(い)づ。神兵十万、連営に列す。天羅と地網と安排し定まり、管取す乾坤(けんこん)の永く太平なるを。
→ 桓桓たる武威をもつ大将軍が、天の朝廷から出ると、ずらりと並ぶ陣営に、十万の神兵が整列している。敵を捕らえる網を、天と地にぬかりなくめぐらした。必ずや、世界の恒久平和を保ってみせよう。
京劇「大鬧天宮」【中院】の訳
大将、緩緩として御庭(ぎょてい)を出づ。神兵十万、連営に列す。天羅と地網と安排し定まり、管取す妖猴(ようこう)の一命傾くを。
→ 大将軍がゆったりと天帝の朝廷から出ると、ずらりと並ぶ陣営に、十万の神兵が整列している。敵を捕らえる網を、天と地にぬかりなくめぐらした。必ずや、孫悟空めの一命を取ってみせよう。

【参考】中国映画「垂簾聴政(垂帘听政)」より(邦題「西太后」1984年)。17分30秒くらいから、清朝宮廷演劇の再現シーン。
YouTube[http://youtu.be/3s4VKd-CLko?t=17m27s]

(18分40秒から)李天王と天将天兵が曲牌「点絳唇」で斉唱
「十万熊羆、星辰斉集、尊天地、剿滅渠魁、掃尽如斯輩。」
李天王「衆天将!」 天将天兵「有!」 李天王「擒拿妖猴者!」 天将天兵「領法旨!」
(24分55秒から、孫悟空の宙乗り)(26分30秒~ 楽屋1)(28分27秒~ 楽屋2)
咸豊帝(文宗)が、熱河の避暑山荘で観劇する場面(実際の撮影は北京の故宮で行われた)。
映画の中では、清朝宮廷演劇の「昇平宝筏」ではなく、現行の京劇系「鬧天宮」の歌詞が唱われている。

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