研究紹介

 

固体物理学研究と核磁気共鳴

  1. 固体物理学とは?

 我々の身の回りにある物質は様々に異なっています。電気的性質に注目すれば、銅のように電気をよく流す「金属」や、ガラスやプラスチックのように電気を流さない「絶縁体」まで様々です。こうした物質ごとに異なる性質はどのようにして現れているのでしょうか。これをミクロな視点から明らかにするのが、固体物理学(solid state physics)と呼ばれる物理学の一分野です。

 物質は全て、原子や電子といったミクロな粒子によって構成されています。これらの粒子は勝手気ままに運動している訳ではなく、1023個にも上る多数の粒子が互いに力を及ぼし合いながら複雑に絡み合って運動しています。 こうした多数のミクロな粒子の振舞いの違いが物質の持つ様々な「個性」の起源です。 固体物理学とは、電気が流れる・流れない、磁石に付く・付かないといった、我々が目にすることのできる物質のマクロ(巨視的)な性質が、原子や電子といったミクロ(微視的)な粒子の状態とどのように関連しているのかを明らかにすることを目的とした学問です。


  1. 物質の磁気的性質 ~鉄が磁石に付くのはなぜか~

 物質のマクロな性質といっても注目する物理現象によって様々です。我々の研究室では主として物質の磁気的性質に興味を持って研究を行っています。例えば、鉄はどうして磁石に付くのでしょうか。これは鉄原子中に存在する電子が持つ「磁気モーメント」と呼ばれるミクロな磁石の向き
が揃った「強磁性」と呼ばれる状態にあるためです。(右図:矢印の向きが磁気モーメントの向きを表す。)このため、鉄という物質全体として「磁石に付く」という性質が現れるのです。 一方、銅は磁石には付きません。これは銅原子が磁気モーメントを持たないためです。ところで銅は電気の良導体であり、電流の担い手として電子を持っています。一つ一つの電子は電流の担い手であると同時に、いつでも磁気モーメントを持っている、つまり、ミクロな磁石としての性質を兼ね備えています。同じように電子を持っているのに、鉄原子はミクロな磁石になり、銅原子はならないのはなぜでしょうか。さらに進めて考えれば、原子が磁気モーメントを持つのはどのような場合でしょうか。あるいは、原子が磁気モーメントを持てば必ず磁石に付くのでしょうか。原子の並び方や組み合わせが変わったらどうでしょう。温度を上げたり下げたりなど物質を置く環境を変えたら・・・。我々の研究室ではこのような素朴な疑問を解決すべく、様々な物質の磁気的性質について研究しています。


  1. 核磁気共鳴NMR)とは?

 物質の磁気を調べるための実験手段はいろいろありますが、我々の研究室では核磁気共鳴 nuclear magnetic resonance, NMR)と呼ばれる手法を利用しています。

 原子の中心に存在する原子核も実はミクロな磁石であり、磁気モーメント(核磁気モーメント)を持っています。 核磁気モーメントは電子の持つ磁気モーメントに比べて極めて小さく、物質のマクロな磁気にはほとんど寄与しません。しかし、電子磁気モーメントとの間に存在する相互作用のために、電子の状態によって原子核の状態が変化します。(磁石の近くに別の磁石を近づけるとその向きが変わるのに似ています。)これを利用して物質中の電子の状態を調べるのがNMRです。

 原子核はミクロな磁石であるために、磁場を掛けるとその向きによ
り安定か不安定かが決まります。方位磁針のようなマクロな磁石はその向きを連続的に変えることができますが、原子核のようなミクロな粒子は「量子力学」と呼ばれるミクロな世界の物理法則に従い、 核磁気モーメントは磁場と同じ向き(上向き)か、逆向き(下向き)のどちらかの状態しかとれません。エネルギーが低く安定なのは「上向き」状態にある原子核です。この様子を概念的に示したのが右図です。「上向き」状態と「下向き」
状態のエネルギー差ΔEは、原子核の場所での磁場の強さHと、ΔE = γH のような比例関係があります。比例定数γは核磁気回転比と呼ばれる原子核固有の定数す。
 物質中には多数の原子核が存在しているので、絶対零度でない限り上向き・下向きの状態は確率的に占有されます。つまり、エネルギーの低い上向き状態にある原子核の方が、下向き状態の原子核よりも多くなっています。このような状態にある物質に角振動数ωの電磁波を当てると、電磁波のエネルギーℏωがエネルギー差ΔEとちょうど等しいときにエネルギーが吸収されます(下図)。これを核磁気共鳴吸収(nuclear magnetic resonance absorption)あるいは単に核磁気共鳴(nuclear magnetic resonance)と呼びます。NMRが起こる条件(共鳴条件)はしたがって ω = γH となります。吸収されたエネルギーは、原子核が状態を上向きから下向きに変えるのに使われます。

 共鳴条件の式 ω = γH から次の2つのことが分かります。1つ目は、核磁気回転比γが原子核の種類(元素)によって異なるため、磁場Hが一定であれば吸収される電磁波の角振動数ωNMR周波数)も原子核の種類によって異なるということです。このことを利用すれば、物質に何種類かの元素が含まれていても、調べたい元素の共鳴条件に電磁波の周波数を合わせれば、物質中のその元素近傍の状態だけを選択的に観察することができます。固体のように隣の原子が約0.3 nm (1 nm = 10-9 m)という近接した距離にあっても大丈夫です。これがNMRの特徴の一つです。

 もう1点は磁場Hの内訳を考えることで理解できます。磁場Hは外部から加えた磁場(外部磁場)と、電子と原子核の相互作用の結果生じる「内部磁場」と呼ばれる寄与からなります。電子の状態が変われば内部磁場も変わり、それに応じて共鳴周波数 ω も変わります。したがって、共鳴周波数 ω の変化を観察することで、電子の状態や環境の変化を追跡することが可能になります。 NMRではこのことを利用して物質中の電子の状態を探っているのです。(以下随時加筆の予定)