「心の科学の基礎論」研究会

2003年の活動履歴


第39回研究会

日時:2003/8/9(土) 1:30-5:30

場所:東京電機大学 神田キャンパス 11号館16階1601室

1)「神経心理学に関する二つの講演」

第36回研究会での古本氏の神経心理学に関する講演の総括的続編と、それに関する西川氏の認知科学的視点からの講演)

I 古本英晴(公立長生病院神経内科/神経心理学)

「前衛的神経心理学の構築に向けて」

 前回では古典的記憶分類の矛盾、意味における階層概念の恣意性を批判した。また"状況"から派生する諸問題と空間構造について論じた。今回は上述の神経心理学に対する批判をふまえ、神経心理学の方法論と本質の革新を試みる。
 19世紀的古典局在論を踏襲してきた神経心理学は"機能"の無定義性を放置している。これは脳に対するシステム論的視点の欠落を示し、その基底では認識主体と認識対象という素朴な区別が前提されている。システムとして脳を捉え、認識の構造に対する考察を深めると、認識は脳ではなく、世界に依拠していると考えられる。神経心理学の真の対象は世界であり、その使命は世界の構造の解明にある。またPDP modelは意味を恣意的に措定しており、その記憶の捉え方も前世紀を超えない。以上に対する多くの方々のご批判を仰ぎたい。

II 西川泰夫(放送大学大学院文化科学研究科/認知科学)

「確率過程論からみた長期記憶検索モデル」

 本論の基本的な趣旨は、以下の3点を論ずることである。

(1) 人の長期記憶に貯えられた知識・概念情報の中から直面した課題解決に欠かせない情報を検索し取り出してくるさいの心的情報検索処理過程の仕組み、構造を、単純(あるいは複合)死滅過程と想定する。この前提から導かれる確率過程論モデルを予測命題として導くこと。(2) 1の予測命題の適否を、具体的な心理実験をもとに検証、ならびに考察すること。(3)1,2の結果を受け、長期記憶系の仕組み、構造は、どのような具体的な電子回路と同等とみなすことが可能か。また、そうした回路は、脳神経科学の知見と比較検討した場合、何か有効な示唆を提示しうるか。脳神経科学の専門家をはじめ見解を求めたい。加え、モデル論的アプローチの適否を議論したいと考える。

2)足立自朗(東京福祉大学大学院社会福祉学研究科/教育心理学)

「月本洋著『ロボットのこころ』を読む」

 ロボットはこころをもちうるか、ロボットがこころをもつためにはどんな条件が必要か、というのが著者の問題関心である。本書の著者は、もともと人工知能の研究者であるが、コンピュータは身体をもたないがゆえに言葉を理解することができないと主張する。言葉を話すこと・言葉を理解することができるためにはイメージが必要であり、イメージをもつことができるためには感覚運動的な機能をもつ身体が必要である。ロボットこそが、「身体」をもつがゆえに、こころをもつ存在になりうる、という。では、著者の言うところの「イメージ」とは何であり、人間のもつイメージをロボットの世界にもちこむ仕方は適切なものであろうか。評者としては、著者の議論の要点を紹介しつつ、若干の論点を提供したいと思う。


第38回研究会

日時:2003/5/10(土) 1:30-5:30

場所:東京電機大学 神田キャンパス 11号館16階1601室

1)石川幹人(明治大学文学部/科学基礎論)

「メタ超心理学の可能性」

 本発表では、発表者が昨年度滞在した、超心理学研究のメッカと言われるライン研究センターでの経験を紹介し、それを通して「超心理学という研究」の研究(メタ研究)の興味深さを主張する。
 超心理学の分野では、テレパシーの可能性を示すガンツフェルト実験、予知の可能性を示す予感実験、過去への念力の可能性を示す乱数発生器実験において、それぞれ通常科学よりも厳密な実験が積み重ねられているにもかかわらず、その実績が通常科学からは認められていない。それどころか、超心理学研究は不当なまでの排斥にあっている。
 超心理学の現状は、データを積み重ねても通常科学には対抗できないとされる科学史上の知見の、現在進行中の典型例であるし、研究成果が排斥されるダイナミズムは、科学社会学の格好の研究題材である。また、超心理学は科学の周縁に位置し、科学というものの境界設定の問題を再認識させる科学論上の興味深さもある。こうした超心理学の社会学や哲学を、「メタ超心理学」として捉えて行きたい。
 参加者は「メタ超心理学研究室」のホームページを閲覧のうえ議論に加わっていただきたい。

2)月本洋(東京電機大学工学部/人工知能)

「心理学の哲学」(渡辺恒夫、村田純一、高橋澪子編)の紹介

掲書の内容は以下の通りである。
序論 (心理学の哲学とは何か概観:歴史的観点から)、第1部 歴史編:心理学の成立 (近代心理学の思想史背景と意義、人間科学の方法論争行動主義と哲学、ゲシュタルト理論の射程)、間奏曲 (科学論の展開)、第2部 各論編:心理学の展開 (認知革命と「心の哲学」、臨床心理学の隠れた哲学、発達心理学の隠れた哲学、社会心理学の新展開)
研究会では、本書の紹介を行う。


第37回研究会

日時:2003/3/8(土) 1:30-5:30

場所:東京電機大学 神田キャンパス 本館2階 本館会議室

1)荒川直哉(フリー/自然言語処理)

「指示の自然化」

 本発表では「指示の自然化」という題のPh.D論文(1995年・米国テンプル大学)について解説を行います。この論文は、私たちが使用することばが物事を指すメカニズムを、物理的または計算論的なことばで(志向的なことばを使わずに)説明することを試みています。このテーマは言語哲学に属するものですが、「志向性は心的なものの印である」というブレンタノのテーゼからすると、心の科学にも深層的な関係があります。また、論文では言語使用者の認知能力への言及が重要な部分を占めています。特に、物事を区別・同定する能力や言語行為を行う能力を非志向的に説明できることが指示の自然化の鍵となるということを議論しています。
 より言語哲学的な面では、クリプキらの固有名に関する議論や、サールの同定指示に関する議論を引用し、さまざまな言語表現による指示について考察を行っています。
 哲学的な言語使用の議論の中で現れる「意図」の問題は、とりあえず「プランニング」の問題に帰着されます。そこで「プランニング」の中で現れる「ゴールの表象」がいかにして「表象」になるのか、という問題が生じます。論文ではこれを説明するために、非志向的に説明できる一種のシステム(機械)を導入します。このシステムは物事を同定したり、形式的な推論を行ったりする能力を持ち、(形式的に定義できる)言語の文によって物事に関する情報をやりとりすることができます。「表象」はこのシステムの「機能的」な「指示」から逆に説明されることになります。
 「指示」は、あるクラスの物理的システムで「機能的」に説明されることになりますがこの限定的な結果から「指示」と指向性の問題をいくばくか「脱神秘化」することができれば、この論文の目的は達成されたことになります。


2)西條剛央(早稲田大学人間科学研究科・日本学術振興会特別研究員/心理学)

「心理学の統一理論の創造:哲学的解明の理論」

「なんで心理学はバラバラで,それぞれがいがみ合ったり,無視したりしているのだろう?」「そもそも,心理学とは一体何なのだろうか?」
 このような問いは,おそらく多くの研究者が一度以上は考え,そして脇に置いて見て見ぬ振りをして過ごしてきた難問(アポリア)といえると思います。本発表は,心理学の統一理論を示すことによって,この問いに答えることを試みます。
 最近になって,心理学の分裂的状況とアイデンティティの未確立の問題が,問題として表立って指摘されるようになってきたといえるでしょう(渡辺,1999,2002)。問題を問題として知覚でき,それを表立って議論できる土壌が整いつつあること,これは大きな前進だと思います。
 そして,これを克服しようという試みも,チラホラみられてきたようです。しかし,筆者の見解によれば,従来の方法はその「やり方」が間違っているためその解明には至っていないように思われます。そこで従来の統一の仕方の原理的な問題点を概観しつつ,どういったやり方で統一すればいいのかを考えます。
 次にそれを可能とする認識論的基盤を確立します。それを構造構成主義(西條,2002b,印刷中)といいます。そしてこの認識論を,構造主義と構成主義との関係において位置付けます。そしてその上で,心理学の公理を定めます。この段階で「心理学とは何か」に対する答えを提示することが可能となります。
 しかし,さらに論考を進めます。次は「いかにして一つの心理学知を構築していくのか」という問いに答えたいと思います。このために,継承という概念(西條,2002a)を拡張し,心理学知構築の捉え方,換言すれば我々の「心理学という経験」の変更を行います。そして,「グランドセオリー」のスケッチをしておきたいと思います。最後にこの哲学的解明によりもたらされた心理学の統一理論の意義について総括します。
 この発表を踏まえて,開かれた態度をお持ちの皆様と建設的な議論ができることを楽しみにしております。どうぞよろしくお願いします。


管理者:ishikawa