「心の科学の基礎論」研究会

1999年の活動履歴


第19回研究会

日時:1999/12/18(土) 1:15受付、1:30-5:30

場所:明治大学駿河台校舎 リバティタワー8階1086教室

1)金杉 武司(東京大学大学院・科学史科学哲学研究室/心の哲学)

「行動主義と哲学 -哲学的行動主義の可能性- 」

心の哲学における行動主義(「哲学的行動主義」と呼ぶことにする)とは、 どのようなものであり得るのだろうか。従来の心の哲学においては、 ヘンペルの定式化を典型とする「論理的行動主義」こそが、哲学的行動主義に 他ならないと考えられてきたと思われる。その証拠に、論理的行動主義が 批判された現在、哲学的行動主義はしばしば、過去の遺物として扱われる。 しかし私は、哲学的行動主義の基本テーゼは、「心に関して論じることは、 行動に関して論じることであり、心を理解する際に行動以外の存在者として 心を措定する必要はない」という主張であるに過ぎず、そこには、 論理的行動主義を選択する必然性はないと考える。哲学的行動主義 には、論理的行動主義以外の選択肢もあるのであり、その選択肢の一つである 「全体論的行動主義」は、現在でもなお十分可能な立場である ということを主張したい。

2)伊集院 睦雄(東京都老人総合研究所 言語・認知部門)

「読みに関する認知神経心理学的モデル」

文字で書かれた単語を人間はどのように認知しているのだろうか? この分野の研究は英語圏で大きな発展を遂げてきたが、近年、 日本語における研究も進んできている。本発表では、単語の音読に関する 健常者と脳損傷者における実験的研究と、それを説明するための 理論的研究を紹介する。さらに、文字表記の全く異なる2つの言語間 (英語と日本語)における、単語処理過程の普遍性と特異性について 考察を加える。


第18回研究会

日時:1999/9/11(土) 1:15受付、1:30-5:30

場所:明治大学駿河台校舎 リバティタワー6階1064教室

1)信原幸弘(東京大学教養学部哲学研究室/心の哲学)1:30-3:20

「心の自然化」

最近刊行した拙著『心の現代哲学』(勁草書房)の内容に即して、心の自然化に ついて論じる。現在の分析哲学における心の哲学では、物的一元論が支配的である が、この立場は、心の自然化、すなわち心を何らかの仕方で物的世界に位置づける ことを目指す。心の自然化には、大まかに言って、三つの主要な問題がある。

第一に、心と脳の関係をどう捉えるべきかということがまず問題となる。これに ついては、心的状態を信念や欲求のような命題的態度とそれ以外の知覚経験や感覚 経験のような状態に分け、後者は個別に脳状態によって実現されるのにたいし、前 者は全体論的にしか実現されないことを論じる。また、このことから、命題的態度 については消去主義が妥当する可能性があることもあわせて指摘したい。

第二に、心的状態のなかには志向性(表象作用)をもつものがあるが、そのよう な志向性がどのようにして自然化されうるのかということが問題となる。これにつ いては、ある心的状態がある一定の志向的内容をもつということは、その心的状態 が主体の生存に役立つようなある一定の機能(目的論的機能)をもつことであると いうふうに、機能的な観点から答えを試みる。

第三に、心的状態のなかには感覚質(qualia)をもつものがあるが、そのような 感覚質をいかにして自然化できるかということが問題となる。これは物的一元論に とって最も困難だと思われる問題であるが、これについては、感覚質を志向的内容 に還元する志向説の立場に与することによって対処したい。志向説では、痛みの経 験のような非志向的とされる心的状態の扱いが深刻な問題となるが、痛いという性 質を客観化して痛みの経験を志向的状態として捉え直すことにより解決をはかりた い。

2)渡辺恒夫(東邦大学理学部/心理学)3:30-5:20

「子どもが意識科学の超難問(harder problem of consciousness)と出会うとき」

意識科学ではChalmersが、意識に関する機能的側面が易問(easy problem)だ とすると、「そもそもいかにして意識の主観的側面が生じるのか」という問いは機 能の問いからは答えられないとして、これを意識の難問(hard problem)と呼び、 話題を招いている。ところがツーソン会議の第3回で人工知能学者Robertsは、 たとえ意識の難問が解決されたとしても、「そもそもなぜ、そしていかにして地上 数十億の意識的存在の中のある特定の意識的存在が私であるのか」の問いには答え られないとして、これを意識の超難問(harder problem of consciousness)と 呼んだ。これを受けてWatanabeは、5月の東京会議(Tokyo '99)のポスター発 表において、意識の超難問と同一の問いを少なからぬ数の子どもが体験しており、 自己意識発達上にも影響を及ぼしているフシあるという調査研究が、日本の臨床心 理学者と発達心理学者によって進められていると指摘した。この調査研究は3月の 日本発達心理学会のラウンドテーブル「自我体験研究の再生と展開」で要約されて いるので、その折の資料も使って紹介したい。


第17回研究会

日時:1999/7/10(土) 1:15受付、1:30〜5:30

場所:明治大学駿河台校舎 12号館9階2092演習室

1)金沢 創(三菱・生命研/認知科学)

「自己と他者の進化論」

論理学的に考えれば、「他者の感覚」という言語表現は、「まるい四角」のよう な矛盾した表現であることがわかる。しかし日常場面において我々は、他者の感覚 世界を容易に推測できると感じている。これはなぜだろうか。本発表では、他者の 感覚世界を推測するメカニズムが、系統発生の過程においてどのような段階をへて 進化してきたのかを考察し、「自己」という概念が他者の感覚推論メカニズムから 生じてきたことを説明していく予定である。最終的には、「身心問題」とよばれる 問題が、ヒトという生物において自己と自己以外の世界を分離するメカニズムが進 化してしまった結果生じる、1つの「誤謬」である可能性を考えていきたい。

2)小野盛司(東大英数理教室/元素粒子論の研究者)

「人間の行動と種の保存」

これは近く出版される本の内容です。本の表紙の帯には次のような黒田正典先生 (東北大学名誉教授)の書評が入ります。 「人間の行動に対する決定因が脳にあるのは確かだろうが著者はそこにコンピュー タ・モデルを考える。入力の決定因にも3種あり、書き換えが自由なもの、一回だ け書き込みができるもの、そして書き換えができないものとがある。書き換えがで きない究極の決定因として、人類の種の保存が主張される。この視点から無意識・ 経済・戦争・犯罪・芸術・宗教・道徳・マスコミその他の人間のあらゆる営みの意 味を解き明かす。その説明範囲の広さと合理性はフロイト説を上回る印象を与える。 もう一つ注目されるのは、文明論とか人類観がとかく宿命論・虚無主義に傾きやす いのに反して、この種保存説は種々の警告は怠らないものの、人間による操作可能 性を残しているところである。いわばソフト決定論またはソフト自由論ではなかろ うかと思われる。在来の論説にあきたらない人々に検討をお願いしたい。」


第16回研究会

日時:1999年 5月8日(土) 1:15受付、1:30-5:30

場所:明治大学駿河台校舎 研究棟4階第2会議室

1)石川幹人(明治大学文学部/知能情報学)

「スカイフックかクレーンか 〜デネットの心の哲学をめぐって〜」

認知哲学者のダニエル・デネットは、長年、機能主義の立場から人工知能研究 を擁護してきた。最近の著書、『ダーウィンの危険な思想』では、進化論的な アプローチを「クレーン」と呼び、その妥当性を主張している。本報告では、 「クレーン」をおしすすめた場合の人工知能研究の問題を指摘する。

2)菊池吉晃(東京都立保健科学大学/認知神経科学)

「脳の磁界から脳を観る」

近年、f-MRIやPETなどのnon?invasive brain imaging technique が開発 され、正常なヒト脳の研究にもこれらの方法が適用されてきた。中でも、MEG (magnetoencephalography)は、f-MRIやPETでは観測不可能な数msecと いうきわめて高い時間分解能を実現することができる。正常者の記憶・イメー ジ想起といった高次脳内過程について、MEGによる脳活動の可視化を試みその 動態について検討した。


第15回研究会

日時:1999年 3月20日(土) 1:15受付 1:30-5:30

場所:明治大学駿河台校舎 12号館6階2061演習室

1 中村祐子(心理学)

「唯情報論の提案」

脳の神経生理学的過程が基礎にあってそこから意識や心が派生するという、神経生 理学的観点は、現在広く支持されている。しかし、この観点では実体と機能という少 なくとも二種類の説明概念を必要とし、そして両者の関係は無限後退的に不明である。 唯物論でもなく唯心論でもない、統一理論の試みとして唯情報論を提案する。

2 高砂美樹(山野美容芸術短期大学/バイオサイコロジー史)

「心理学における意識/思考の研究の変遷:動物心理学史から」

デカルトの時代には心がないと思われていた(ヒト以外の)動物。大部分の動物に 関しては現在でも直接的に言語報告を受けることはできない。だが100年を超える動 物心理学の歴史をみると、学習実験などを通じて動物の意識や思考に関する考え方に 変遷がみられ、ヒトの心を考えるうえでも参考になる。


第14回研究会

(心理学史研究会協賛)

日時:1999年 1月9日(土) 1:15受付、1:30-5:30

場所:明治大学駿河台校舎 研究棟4階第1会議室

1 鈴木祐子(日本大学大学院/心理学)

「日本心理学史について」(仮題)

2 奥 雅博(大阪大学人間科学部/哲学)

「ウィトゲンシュタインの色彩論」

ウィトゲンシュタインの最晩年の遺稿に色についての覚え書きがある。ウィトゲンシ ュタインの著述故に多くの議論を呼んだが、私も1)執筆動機、2)アプローチの積 極性・消極性、3)3原色説と4原色説との対立に関する彼の立場の妥当性、4)オ リジナリティーの有無、について検討した。私の鑑定結果は概して否定的であるが、 これについて心理学を専攻する方々に吟味していただきたい。


管理者:明治大学文学部 石川幹人