石川幹人の略歴


出身地

東京都世田谷区。「東京」と言っても私が生まれたころは、今では想像しがたいほどの田舎でした。畑の間を縫って小学校に通いました。学校に着くまでに「肥溜め」(何だかわかりますか?)が2つもありました。

出身大学

東京工業大学。当時の心理学の大御所、宮城音弥先生を慕って入学するが、名誉教授となってすでに退官していた。(ありゃ)。人間を理解するには物理学から始めないと、と思い、理学部応用物理学科へ進学する。(この学科はすでに廃止されているが、先輩には民主党の菅直人財務相もいる)。ここで生物物理学を学び、同大学院物理情報工学専攻へ進み、心理物理学を勉強する。(でもわけあって中途退学して就職)。

企業経験

松下通信工業株式会社(当時)で、放送用の文字図形発生装置を開発する。東京ドームから中継される巨人戦で初めてカラーのSBOが表示されたのだが、それには私の開発した機械が使用されていた。また、この機械が全国のNHKに配備され、設置整備のため日本各地をまわった。その後、松下電器産業(現パナソニック)株式会社の東京基礎研究所、マルチメディアシステム研究所で、スケジューリングシステム、ホームページ知的検索システムの研究開発に従事する。ホームページ知的検索システムの実用化に関して、情報文化学会から学会賞(産業部会長賞)を受賞する。取得特許多数。

官公庁経験

通商産業省(現経済産業省)の国家プロジェクト「第五世代コンピュータプロジェクト」に参加して人工知能の研究に従事する。具体的には、機械学習方式、法的推論システム、遺伝子情報処理システムの研究開発を行なう。アメリカの大学・研究所とも共同研究を推進した。遺伝子情報処理の研究で東京大学工学部から元岡記念賞を受賞、東京農工大学大学院工学研究科物質生物工学専攻(現生命工学専攻)から博士号を拝受する。

アカデミック経験

1997年明治大学文学部に助教授として赴任。情報科学センターで各種情報論を担当。2002年より教授。東京工業大学大学院、大阪大学大学院などで非常勤講師を務めた。2004年には新設された情報コミュニケーション学部に異動する(現在情報コミュニケーション学科長)。2008年度から設置された大学院情報コミュニケーション研究科では初代委員長を務める。また、大学で教鞭をとるかたわら、「心」を追究する科学の哲学的基盤、とくにその情報論的側面に興味をもち、論文・著書・訳書・編書を執筆する。2002年度は、デューク大学の客員研究員として、超心理学のメッカであるライン研究センターに滞在し、超心理学の歴史と現状を調査研究する。帰国後は「メタ超心理学研究室」を主宰して超心理学のメタ研究を開始する一方、ASIOS(超常現象の懐疑的調査のための会)の発起人メンバーでもある。科学リテラシー教育やその社会運動にも力を入れている。


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