ロースクール留学体験記
1.きっかけ
学位のシステムと言うのはご存知ですか?典型的なパターンは、大学を卒業すると「学士号」がもらえます。そして、大学院の修士課程、または博士前期課程というのを修了すると「修士号」がもらえます。そして、その後、博士(後期)課程というのを修了すると「博士号」が授与されます。博士号というのは、学位としては最上位に位置するものですから、日本なんかだと特に、人文系や社系の学問で博士号の後に何か学位を取ろうなんて人は、それほどいません。ところが、私は、ちょっとした事情(シカゴ大学の言語学科には修士課程というものがなかった!!)で修士号を飛ばして博士号を取ってしまったため、修士号にはちょっと未練がありました。そこで、修士号を何か他の分野で取れたらと考えていました。また、今、力を入れて研究している分野が「言語と法」という学際分野であるだけに、少ししっかりと「法学」の方も勉強しておけば、さらに研究の幅が広がるかもしれないと思ったのもロースクールへの留学を決心した大きな要因でした。ということで、留学の2,3年前から準備を始めました。
2.ロースクールの選択、願書の提出等
そんなこんなで、ロースクールに行くことを決めたものの、アメリカやカナダのロースクールでJD(Juris Doctor)をとるまでは3年かかります。しかし、そんなに仕事を休ませてはもらえない、ということで、修士課程(1〜2年)に行くことに。北米のシステムは、ちょっと面白くて、JDは一応、博士号扱いなのですが、博士号を取った後にLL.M.と呼ばれる大学院の修士課程に入って、さらに専門性の高い勉強をしたりします。そして、さらに勉強をしたい人は、大学院に残ってS.J.DやJ.S.DやPh.Dと言った学位をとります。つまり、JD⇒LL.M⇒S.J.D/J.S.D/Ph.Dという過程をたどるわけです。博士を二回とるイメージなのかなと考えています。カナダでは、このJDに値する学位が、一般的にはLL.B.となっていて、学部扱いです。日本の法学士もよくLL.B.と訳されますが、日本のシステムと違い、アメリカのロースクールと同様、普通の学部を卒業した後に入ります。その後は、アメリカと一緒で、LL.M.⇒S.J.D/J.S.D/Ph.Dとなります。したがって、この場合は、博士号は一回だけとなります。
私も初めはアメリカのロースクールを手当たり次第探したのですが、まず、(どこの国のものであれ)LL.B/JDを持っていない人を受け入れてくれる学校がなく、YaleやStanfordのようにたとえ受け入れてくれるところでも、学費が軒並み350万以上で、とてもじゃないけど払える額ではないし、また、もらえる学位もLL.Mではなく、M.S.L(Master's in Studies in Law)/M.L.S(Master's in Legal Studies)と言った学位でした。まあ、学位の名前自体はどうでもいいことなのですが、なにより限られた留学予算しかなく、また他の奨学金には応募できない事情があったので、とりあえず安いところを探さなければということで、視野を同じ英米法圏であるカナダに移しました。カナダのロースクールはどこも100万前後。なんと、アメリカの三分の一。この時点で、留学先はカナダに決めました。そうしていろいろ探したあげく、トロント大のロースクールと同僚のK先生に教えていただいYork大学のOsgoode Hall Law Schoolという学校に願書を出すことに決めました。結局、両方の学校から合格をもらえたのですが、Osgoode Hallは、Tornoto大学のロースクールと国内トップを争う歴史的にも非常に由緒のある名門校で、図書館に関してはコモン・ローの図書館としては英国連邦の中で最大という規模。さらに、すばらしいことに、学校の方針として学際的な研究を積極的に支援しているというではありませんか。その上、学費も(頼んでいなかったのにもかかわらず!(笑))半分以上免除してくれました。(諸般の都合で奨学金をもらうわけには行かなかったのですが、学費免除は奨学金にあたらないのでありがたくいただきました。)こんなに条件のそろった大学はありません。そんなこんなで、最終的に、Osgoode Hall Law Schoolに行くことに決めました。
必要な書類は学校ごとに違うと思うのでいちいち書くことは避けますが、基本的に、どの学校も必ず志望理由書(エッセイ)を書かせます。これはかなり重要です。推薦状なんかはどれも似たり寄ったりですが、このエッセイは自分自身を映し出す鏡みたいなものですから。また、この書き方には結構、コツがいるのです。私は、運良く、当時、日本に客員教授で来ていたアメリカのロースクールの教授に自分のエッセイを見てもらう機会を得ました。最初こそボロボロに言われましたが(笑)、丁寧に指導してもらった結果、この手のエッセイを書くコツがしっかりとわかりました。「目から鱗」のことがたくさんあり、これは本当にありがたかったです。私の今までの経験も含め、何を書けばいいのかを簡単に説明しますと、「自分がなぜその分野に関心があり、それを卒業後どう活かそうと考えているのか」、「自分の知識、研究、その他がその学校のプログラム、そしてそこで一緒に学ぶ人達にどのように貢献できるのか」、「それを証明する過去の事実」、「どうして当該プログラムが自分の目標実現のために適しているのか」をきっちりと書くことが大事だと思います。また、だらだらと沢山書くのではなく、簡潔に、ズバッズバッと要点だけを書くのがコツだと思います。とにかく、積極的に、相手に自分を売り込むということが大事だと思います。これらのTIPSは、きっと、日本において就職活動をする際にも役立つのではないかと思います。
ちなみに、アメリカのロースクールの修士課程へは、日本で法学部を出て法学士を持っていれば、LSAT(日本で言う共通一時試験みたいなものです)を受けずに、TOEFLの試験だけ受ければ、あとは書類だけで大丈夫なところがほとんどです。州によっては、ABA認定校の修士号があれば、BAR
EXAM(司法試験に相当します)を受けさせてくれるところもあるようです。アメリカでの法曹資格の取得を考えている人はこういうルートを考えてみるのもいいかも知れませんね。
3.ロースクール入学
そして、いよいよ入学。同級生は15人前後でした。トロント大に行っていた友人に聞いたところ、トロント大学のロースクールの修士課程には100人くらいいるそうですから、それと比べるとずいぶんと少ない感じです。でも、その分、手厚い教育が受けられるということですから、大満足でした。(2006年のカナダのロースクール・ランキングで一位を獲得したことからみてもその教育の質の高さが伺えます。)それも、LL.Bから直接上がってきた学生が4人、私と同じ学際的な研究のために来ている人が2人で、あとはみんな実務経験者。日本の法律系の大学院との学生構成の違いを実感しました。ということで、若い人が少ない!(その上、私は、アジア人4人の中で最年少(爆))そして、日本人は私だけでした。まあ、とにかく、刺激的な同級生達に囲まれ、新しい分野での勉強がスタートしました。
4.大学院生としての生活
大学院生の生活と言えば、ひとことで言えば「孤独」との戦いですが、この大学院は、そのプログラムのディレクターが「ここでは絶対に孤独を味わわせない」と断言していましたし、それに社会人経験者が多いですから、みな社交的で、とてもコミュニケーションが盛んで、楽しかったです。毎月のようにパーティーがあり、みんな子連れで参加していました。そういう社交的な環境ですので、勉強面でもインフォーマルにお互いのテーマに関して、率直に意見を交換しあう雰囲気が出来上がっていて、本当に有益でした。
大学院生は、全員がCarrelと呼ばれる個室の勉強部屋(中に備え付けのパソコンもおいてある)をあてがわれていて、かつ図書館の休館日や終了後にも、大学院生は裏口から入るキーをもらっているので、年中無休24時間いつでも図書館でゆっくり勉強ができる体制が整っていました。日本の大学じゃあまり考えられませんよね?(シカゴ大学の時は、図書館は午前1時で閉まってしまうし、休館日は利用できませんでした。)
3.授業
やっぱり、このテーマがみなさんの気になるところではないでしょうか。(笑)私は、LL.B等を持っていなかったので、大学院生用の授業だけでなく、LL.B.の授業もいくつか受講しました。日本で想像していたのと違い、ソクラテスメソッドの授業は皆無でした。周りの人(先生方や学生)に聞いてみたら、LL.B.の授業は受講者も多いし、ソクラテス・メソッドだと効率が悪いので、今は講義形式が中心とのことでした。大学院の授業は、受講者が5人〜どんなに多くても20人くらいだったために、学生の発言機会はかなり多かったのですが、やはりソクラテス・メソッドではなく、学生を中心とした議論形式、または個人発表、パネル・ディスカッション形式がほとんどでした。
予習の量は、オクスフォードでの集中講義の時が一日300ページとかだったのに比べると、それほど多くなく、LL.B.の授業で、大体一回の授業で30ページから60ページくらいまで、大学院の授業で50〜150ページくらいでした。とは言え、やはり外国人の私には結構大変でしたが...(笑)
大学院生は、たとえLL.Bのコースを受講しても、最終的にはリサーチ・ペーパーで評価してもらうのが原則でした。これが、結構やっかいで、大体、一つの授業で30ページ〜50ページが普通でした。(シカゴの時は、20〜30ページくらいが普通)商標の授業で、学部生のペーパーは15ページ前後が評価基準だったのに対し、大学院生は50ページと言われた時は泣きたくなりましたが(笑)、まあ、その分、気合いを入れて勉強に望めたし、最終的に満足の行く成績がもらえたのでよかったと思います。York大は、大学院と言えど(笑、大学院は一般的に成績が甘いと言われている)、Gradingが厳しく基準も高く、ここでAを取るのは大変なんだなぁとかなり実感しました。だから、ペーパーは、かなり気合いを入れて、一つのペーパーに大体一ヵ月半はかけて、しっかりと書きました。
英語そのものに関しては、先生の言っていることはとってもわかりやすいのですが、授業中、学生達の発言していることがよくわからないことがしょっちゅうありました。職業柄、普段から英語に接してはいるものの、やはり外国語。母国語のようには内容が入ってきません。また、もともとの英語力もさることながら、シカゴを離れてからかなり経っていますし、純粋にリスニングの力が落ちていると実感しました。また、分野が違えば、論理展開の仕方も違い、その点もかなり苦労しました。あと、英語を話すこと自体、言いたいことを英語で表現すること自体は何とかなるのですが、授業中に発言するタイミングをつかむのが難しかったです。言いたいことがあっても、他の人が先に喋り出してしまい、喋るチャンスを逃すということが数え切れないほどありました。(実を言うと、日本語の時でも苦手なのですが...(笑))こういう部分も無論、「英語力」の一部ですから、今後、自分の改善すべき課題として据えておきたいと思います。ということで、ひとことで言えば「大変」です。でも、みなさん、恐れないでください。なんだかんだ言っても、結局、何とかなります。(笑)とにかく当たって砕けろです。
これまでの経験から言って、海外の大学院の授業では、結局、どういうTerm
Paperを書くかが一番のポイントとなります。これさえ、きっちりこなせば比較的良い成績を修めることが出来るので、海外留学を考えている方は、ペーパーの書き方をしっかりと学んでください。これが海外の大学院で成功する(?)秘訣です!多少の英語力不足は心配することありませんから。
4.修士論文
これが思ったよりフォーマルで大変です。量としては125ページが基準です。私は140ページほど書きました。シカゴ大の言語学科で修士論文(私は書きませんでしたが)が50ページ前後を求められていたのに対し、これは2.5倍ですね。さらに、審査してくれる教授を3人選び、かつ、口頭試問(oral
defense)の時には学外から試験官として一人呼んで、計4人の教授に論文を読んでもらって審査してもらいます。これはなかなか厳しいなと思いましたが、一定の学術的水準を保つために必要不可欠だからポリシーとしてやっているということでした。論文提出後、(人にもよりますが)、必ず一回は書き直させられるそうです。私も、一月後に書き直させられました。とは言え、それほど大きな変更ではなかったので、2日で終わりました。そして再提出。それから約一月経って先生から口頭試問をしてくれる学外の先生が決まったと聞かされ、提出から丁度4ヶ月後の12月の初めに口頭試問となりました。口頭試問は2時間かけて行われ、最初の15〜20分で論文の内容に関する説明をし、そのあと残りの時間をたっぷり使って先生方からの質問に答えるというものです。(博士号の場合は、3時間かけて行われるそうです。)私の場合は1時間45分くらいでしたが、まあ、緊張したのなんのって。そんなに緊張してないかなって思ってたのですが、全然言葉が出てこない。自分が何を言っているのかわからないという状態がしばしばありました。で、口頭試問が終わって、外で10分弱ほど待っていたら、先生が笑顔で出てきて、「おめでとう」と手を差し出してくれました。何とか、無事に終わったわけです。
5.飽くなき挑戦
留学当初の予定では、修士だけというつもりでしたが、今後のことを考えて、博士課程に行くのも手だと考え、入学して早々、博士課程への進学希望書を提出しておきました。ところが、諸事情によりそれが難しい状況になってしまいました。でも、ロースクールの方では進学許可がもらえて、さあどうしようかと悩んでいたところ、T大学のK.T.教授とモントリオールの学会でお会いして、相談した際、「チャンスがあるのだったら、特に海外での活動に重点を置くのだったら、絶対にとっておいた方がいいよ」というご助言をいただいて、非常に勇気付けられたのと、修士課程の間に多めに単位を取得していたので博士課程修了に必要な単位数も残りわずかだったため、ステータスをフルタイムからパートタイムに切り替えて、何とか必要単位だけは取得しました。あとは博士論文を書き上げて、口頭試問(今度は3時間!)を終えれば、学位がもらえるのですが、果たしてこの野望は実現するのか....
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