宗教と宗教的職能者


宗教の定義と分類

宗教 religion を定義するのは難しいが、おおよそ、神 god や霊 spirit などの超自然的存在 supernatural being とかかわる観念 idea と実践 practice の体系である、ということができる。宗教を歴史的な文脈でとらえる場合、その起源の古い順に、自然宗教(原始宗教)、民族宗教、世界宗教と分類する。(→世界の諸宗教)あるいは、自然発生的な宗教に対し、開祖がはっきりしているという意味で創唱宗教という分類も用いられる。(→民族宗教と創唱宗教)あるいは、比較的新しい時代になってあらわれた創唱宗教を新宗教 new religion ということもある。ただしふつうに宗教というと、キリスト教、イスラム教や仏教のような世界宗教のことを示すことが多い。逆に自然宗教というのは「その他」というような消極的なカテゴリーである。

いっぽう、宗教を社会人類学的な文脈でとらえる場合、むしろ宗教的職能者 religious prectitioner と超自然的存在との関わり方に注目し、狭義の宗教(祭司宗教)と呪術 magic ・シャーマニズム shamanism を対比させて分類する。シャーマニズムの担い手であるシャーマン shaman (巫師)が、変性意識状態に入り、超自然的存在と直接かかわるのに対し、祭司宗教の担い手である祭司 priest は、変性意識状態にはあまり入らず、超自然界とは間接的にしか関わらない。呪術・呪術師 magician または呪医 witch doctor /medicine man はその中間的な性格を持っている。さらに、シャーマンは、自分が超自然界に「行く」タイプの脱魂型シャーマン、または狭義のシャーマンと、超自然的存在が向こうから「来る」タイプの憑霊型(憑依型)シャーマン、または霊媒 medium に分類される。脱魂型シャーマンだけを「シャーマン」と呼び、憑霊型シャーマンは「霊媒」と呼んでシャーマンには含めない場合もある。(→呪術・宗教的職能者の分類

宗教現象の基本形としてのシャーマニズム

ところで、これらのさまざまなタイプの職能者や宗教的実践がひとつの社会の中に全種類存在しているということはない。たとえば、コン・ムアン Khon Muan(北部タイ)、バリ島民 Balinese(インドネシア)、沖縄本島、シピボ族 Shipibo(ペルー・アマゾン)を例にとり、それらの社会での職能者の種類をまとめてみるとのようになる。

さらに一般的な通文化比較として、アメリカの人類学者M.ウィンケルマンは、全世界からランダムサンプリングされた47の民族の社会に存在する115の呪術・宗教的職能者を、その生理的・心理的・社会的特徴によってクラスター分析し、それらが、おおよそ、シャーマン、霊媒 medium 、祭司 priest、呪医 healer の四種類に分類できることを明らかにした。ここで霊媒というのは、日本のイタコやユタのような、神や霊を自分に憑依させることで占いや病気治療などを行なうタイプの職能者で、意識の状態を変容させ、超自然的存在と直接交流しているという点で、やはりシャーマンの一種であるともいえる。だから霊媒は「憑霊型シャーマン」とも呼ばれるが、この場合狭い意味でのシャーマンは「脱魂型シャーマン」と呼ばれて対比される。いっぽうの祭司は、キリスト教の神父や神道の神主などのことで、神に祈ることはあっても、自分が神になったり、神の世界にまで飛んでいったりはしないという点で、シャーマンとは区別される。最後の呪医は、呪術師ともいわれるカテゴリーの人たちで、シャーマンと祭司の中間的な性格をもっている。呪術を使って病気を治したり、時には敵を攻撃したりもするが、やはり深い変性意識状態に入ることはない。

ウィンケルマンの分析()によれば、47のサンプル社会のうち、宗教的な職能者が存在しない社会は中部アフリカのムブティ・ピグミーと、ボリビア・アマゾンのシリオノの二社会だけで、シリオノの社会にもじっさいにはシャーマン的な人物がいることを考えると、なんらかの形での宗教的な実践というのは人間社会にほとんど普遍的な現象だといえる。また霊媒も含めた広い意味でのシャーマンは全体の約三分の二の社会に存在し、さらに呪医の一部も含め、なんらかの形で変性意識状態に入る職能者は全体の9割にあたる43社会に存在するから、意識の状態を変容させ、超自然的世界とコンタクトする文化というのは人間社会にほとんど普遍的にみられる現象だといっていい。

狭い意味でのシャーマン(脱魂型シャーマン)だけにかぎっていうと、全世界の四分の一の社会にしか存在しないのだが、その大部分はカラハリ砂漠や極東シベリアや北米の先住民で、伝統的には農耕も牧畜も行なわず、狩猟採集生活をおくってきた人たちの社会である。このことは、シャーマニズムが人間社会における普遍的な宗教的実践であると同時に、さらにその基本形は脱魂型の、狭い意味でのシャーマニズムだということをうかがわせる。人間の宗教活動の起源を特定するのは難しい。儀礼や意識状態それ自体は考古学的な遺物を残さないからだ。最初の埋葬の跡は、6万年前のネアンデルタール人の遺跡から見つかっている。洞窟壁画などの旧石器時代美術が出現するのはおよそ3〜4万年前だが、旧石器時代の洞窟壁画にみられるサイケデリックな幾何学模様や、人間と動物が融合したような存在の描写と、現在の狩猟採集民の描く岩壁画、およびシャーマン的意識状態で体験されるビジョンはよく似ている。またアフリカ、ユーラシア、オーストラリア、南北アメリカなど、世界各地に分散して分布している脱魂型シャーマニズムの技術や世界観などが互いによく類似していることから、これらの人間集団の共通の祖先がシャーマニズム的な技術(または意識変容の能力)をすでにもっていたと考えると、そのような技術あるいは能力の発生は、約3万年前よりも新しいことはないということができる。シャーマニズムの起源は現代人(Homo sapiens sapiens)の起源と同じぐらい古いといえそうである。

化石の記録を見るかぎり、人間の脳の大きさや形はここ5万年ぐらい、ほとんど変化していない。5万年という時間は日常生活での時間感覚に比べればとほうもなく長いが、生物進化40億年の時間のスケールからするとほんの短い時間である。それぐらいの時間では生物学的な進化はほとんど起こりようがない。人間の社会はここ1万年ぐらいの間に急速に変化したし、人々の生活や思考の様式も大きく変化したかもしれないが、脳の遺伝的な設計図はほとんど変化していない。進化心理学 evolutionary psychology によれば、人間行動の基盤にある脳構造は1万年以上の過去の環境下で淘汰を受けて形成されてきたもので、少なくとも農耕や牧畜の発明以降の約1万年間、人間の生得的な情報処理のアルゴリズムは基本的に変化していないとされる。アメリカの心理学者S. Krippnerは、この進化心理学の立場から、意識の状態を変容させ、シャーマニズムという形でそれを利用する能力は、すべての人類が狩猟採集生活を送っていた時代に適応的なものとして進化し、その後現在に至るまで変化せずに受け継がれてきているとしている。現代の都市社会では、それは抑圧ないし無視されていて、社会的に利用され開発されることがないだけで、シャーマン的な能力じたいは、われわれの脳の中に生得的に配線されているのかもしれない。

宗教的職能者の分化


全世界の呪術・宗教的職能者の分布を統計的に通文化比較したWinkelmanの分析に戻ると、全体の8割の社会に脱魂型または憑霊型のシャーマンが存在したわけだが、さらに、脱魂型と憑霊型のシャーマンが同じ社会に共存することはほとんどない。だから、脱魂型のシャーマニズムと憑霊型のシャーマニズムは、同じ現象の異なる社会的表現だとみることができる。ウィンケルマンのサンプルにあらわれた17社会の憑霊型シャーマンはすべて南北アメリカ以外の農耕・牧畜社会に存在し、しかもほとんどの場合、祭司とセットで存在している。またWinkelmanのサンプルをジェンダーと社会的地位の立場から分析した蛭川は、脱魂型シャーマンと祭司の多くが男性であるのに対し、憑霊型シャーマンの多くは女性であること()、祭司の社会的地位が高いのに対し憑霊型シャーマンの社会的地位が低いこと()を明らかにしている。

いままでの議論は以下のようにまとめることができる。

・シャーマニズムは、人間社会にほとんど普遍的な現象である

・人間社会の原型である狩猟・採集社会では、狭義のシャーマニズム(脱魂型シャーマニズム)が社会で中心的な役割を果たしている、

・アメリカ大陸以外の農耕・牧畜社会では

脱魂型シャーマン(男性)→祭司(男性・地位高)/憑霊型シャーマン(女性・地位低)

という分化が進んできたと考えられる。

・アメリカ大陸の先住民社会ではこのような分化は起こらなかった

2546/2003-10-20 蛭川研究室