聖獣バロンと魔女ランダ
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魔女ランダ |
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観光客への注意書き |
バリ社会では、男/女という、ジェンダーの二元論も顕著である。とりわけ月経中の女性は穢れた存在であり、寺院に入ることができない。人々に災いをもたら
し、破壊的な集団トランス状態を引き起こすのも、ランダ、チャロナランなどと呼ばれる邪悪な魔女の仕業とされることが多い。しかし、このような儀礼的トラ
ンスもまた、観光化され、芸能となっている。
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バロン・ダンス(動画) |
バロン・ダンスは、邪悪な魔女との戦いをえがいたチャロナラン劇をさらに観光化したもので、善を象徴する聖獣バロンと、悪を象徴する魔女ランダの戦い、と
いう、わかりやすいストーリーにまとめられている。(ここでは人間と動物の役割は逆転している。)とはいえ、両者の戦いには決着がつかずにこの物語は終わ
る。善が勝って悪が滅びるのではなく、善と悪が適切なバランスをとって共存していることが重要であり、邪悪なものも状況によっては逆転して神聖なものにな
る、という世界観を、この芸能の中にも見て取ることができる。
トランス儀礼の芸能化
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サンギャン・ドゥダリ(動画)
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サンギャン・ジャラン(動画)
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オダランやガルンガン・クニンガンに伴って行なわれる周期的な儀礼以外にも、バリには、共同体が危機に瀕したときに行なわれる厄払いのトランス儀礼
がある。これはサンギャン総称され、ふつう、男性に様々な動物が憑依する。たとえば、馬のサンギャン、サンギャン・ジャランでは、一人の男性の狂った馬が
憑依し、火渡りを行なう。ここにも、日常的な文脈では忌避されていた動物性が、儀礼的な文脈で解放されることによって、超自然的な力が顕現するという世界
観がみられる。別のタイプのサンギャン、サンギャン・ドゥダリは、初経前の二人の少女に天女が憑依し、二人とも目を閉じているのに、同じ動きをして踊る。
これらのサンギャンも、現在では観光用の芸能として演じられるようになっている。
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レゴン・クラトン
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ケチャ(動画) |
ケチャ(カエルの鳴き声)という、バリの観光文化を代表する芸能は、古代インドの叙事詩、ラーマーヤナの中の、ラーマ王子が忠実な猿、ハヌマーンを
従えて、さらわれたシータ姫を救い出すシーンに、サンギャンの男声バックコーラスをつけてつくられたものである。また、サンギャン・ドゥダリの動きは、宮
廷舞踊と結びついて、レゴン・クラトンという、やはりバリ舞踊を代表する、エキゾティックな女性の踊りとして世界的に知られるようになっている。
(文・映像:蛭川立)