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  否定の否定 −バリ島民の世界観(2)−

動物性の否定

ブサキ寺院

  山側(kaja)/海側(kelod)という二元論はバリ人の生活のさまざまな場面を規定している。とくに最高峰アグン山(3142m)がもっとも聖なる山だとされ、バリ・ヒンドゥーの総本山、ブサキ寺院もその麓にある。屋敷の構造をみても、山側に社があり、海側に便所や食堂がある。食や排泄は、動物的な、おおげさに言えば穢れた行為だからだ。また、血や女性にたいするケガレの観念も強く、月経中の女性は、たとえ観光客であっても寺院に入ることはできない。

削歯儀礼を
しなかった者が行く地獄
僧侶が青年の歯を削る(動画)

  成人式の一環として、ムサンギー、あるいはムパンダスと呼ばれる削歯儀礼が行なわれる。尖った歯は、人間の内なる獣性を象徴しており、それをけずって平らげることは、無意識にひそむ邪悪な六つの敵、つまり、貪欲、傲慢、色欲、嫉妬、憤怒、放逸を平定することを意味している。そうすることで、はじめて一人前の人間になることができる。もしこの儀礼をやらないまま死ぬと、とがった歯で木の幹に噛みつかされ続けるという地獄におちる、という言い伝えもある。それで、死者がまだ削歯儀礼を終えていない場合は、火葬の前にあわてて歯をけずるという。

否定の否定によるオルギア

オダラン(動画)

  バリでは、通常の陰暦であるサカ暦と、210日で一巡するウク暦という独特の暦が用いられる。それぞれの寺院にはウク暦にもとづく建立記念日があり、210日に一度、この記念日、オダランが祝われる。

闘鶏の勝者
寺院の外で闘鶏が
行なわれる(動画)

 男性たちを興奮させる娯楽のひとつ、闘鶏は、このオダランにあわせて行なわれることが多い。ニワトリどうしにとっては、当面の縄張りさえ確保できればいいので、じっさいの戦いの時間は短く、お互いに致命傷となるような攻撃もしない。勝ち目がないとおもったほうはすぐに逃げてしまう。しかし、観客にとってはそれはつまらないので、あらかじめ鶏の足に小さなナイフをくくりつけてから戦わせる。このナイフこそ人間が考える動物性の象徴なのだ。そして、ニワトリの背後で人間の男たちがルピアの札束を賭ける。

オダランの
夜の集団トランス(動画)

 オダランや、やはりウク暦にしたがって行なわれる祖霊祭、ガルンガン、クニンガンでは、祭りはときに集団トランスになることがある。悪霊にとり憑かれた人々が叫び、ときには自分じしんを傷つけようとする。日常の生活では感情、とくに攻撃的感情は、表に出さないことがよしとされる社会だが、日常の時間が停止するとき、抑圧されていた「動物的」な感情が噴出する、という心理学的な解釈も可能である。

(文・映像:蛭川立)

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