コンピュータ・ウイルスに感染したディスクを誤って配布してしまった場合,何らかの法的責任を負うことになりますか ?

by 夏 井 高 人


初出 : 経済界 1998年10月6日号 140頁


<質問>

 先日,中央官庁に勤める友人に聞いたのですが,ある省庁が記者発表資料をフロッピーディスク(FD)で配布した際,そのディスクにコンピュータ・ウイルスが入り込んでいたそうです。不幸中の幸いで,大きな被害を被ったところはなかったようですが,私にはとても他人事と思えない出来事でした。というもの,私はある県庁の広報課の職員(課長)だからです。仮に,私どもがマスコミに配布したFDやCD−ROMなどにウイルスが入り込み,新聞社やテレビ局のホスト・コンピュータに甚大な被害を与えた場合,県庁の責任は,そして現場責任者である私の責任は問われるのでしょうか。

<解説>

法的責任とは

 ある人が他人に危害を加えた場合に,法的責任としては2つの責任を考えることになります。一方は,刑事責任であり,要するに,懲役刑や罰金刑に服さなければならないかどうかの問題です。他方は,民事責任であり,要するに,損害賠償責任を中心とする民事上の責任のことです。

コンピュータ・ウイルスと刑事責任

 自分のFD等がコンピュータ・ウイルスに感染しており,それを使用すれば何らかの危害が発生することを知りながら,そのFD等を配布した場合には,故意による犯罪の成立を考えることになります。また,危険な結果の発生を知らなくても,過失によって何らかの危険な結果を発生させてしまった場合には,過失による犯罪の成立を考えることになります。
 さて,故意犯として成立可能な犯罪としては,コンピュータ・ウイルスの導入及びその結果としてのシステム破壊による業務妨害罪(刑法234条の2),コンピュータ・ウイルスによる電子ファイルの損壊罪(刑法258条,259条)が考えらます。また,石油化学プラント等の危険施設だけではなく,システムの破壊によって人身事故が発生する可能性のある何らかの工場システム等にコンピュータ・ウイルスを導入してシステムを混乱させ,何らかの人身事故を発生させるためにコンピュータ・ウイルスが感染したFD等を配布すれば,殺人罪(刑法199条)や傷害罪(刑法204条)が成立することもあります。他方で,過失犯として成立可能な犯罪としては,業務上過失致死傷罪(刑法211条)が考えられます。この場合の過失とは,きちんと検査をしていればウイルスの混入を発見できたのに,それをしなかった過失というようなものを想定することができます。なお,業務上過失致死傷罪が成立するためには,過失行為の内容となっている行為が業務上の行為でなければなりませんが,広報課の職員であり,FDによる広報活動をしているのであれば,問題なく業務上の行為と認定することができるでしょう。
 これらの刑事責任は,いずれも直接の行為者について問題となるものですから,設問では,職員(課長)個人の責任となります。ただし,事案によっては,その職員の監督者(部長,局長,県知事等)の刑事責任が問題となることもあり得ます。

コンピュータ・ウイルスと民事責任

 まず,口約束にしろ何にしろ,何らかの約束(契約)に基づいてそのFD等の配布がなされたのであれば,債務不履行の一種である不完全履行という契約責任上の問題となり,そのコンピュータ・ウイルスによってもたらされた被害に対する損害賠償責任を負うことになります(民法415条)。他方,何らの契約のない場合でも,故意または過失によって被害を与えてしまったのであれば,不法行為としてそのコンピュータ・ウイルスによってもたらされた被害に対する損害賠償責任を負うことになります(民法709条)。これらの場合の過失の内容は,業務上過失致死傷罪のところで説明した過失とほぼ同じようなものを想定してよいでしょう。
 さて,問題は,この民事責任を「誰が」負うのかです。一般企業の場合には,直接の本人(従業員)が損害賠償責任を負うのが原則であり,その従業員の選任・監督に過失があったときは使用者である会社等も損害賠償責任を負うことになっています(民法715条)。ところが,公務員の場合は,問題となる行為をした公務員は被害者に対して直接に損害賠償責任を負うことはなく,国または公共団体が代わって損害賠償責任を負うのが原則となっています(国家賠償法1条1項)。そして,その公務員に故意または重大な過失があったときに限り,国または公共団体がその公務員に対して求償権を行使することになっています(国家賠償法1条2項)。
 したがって,設問では,県の職員である課長は,被害者に対して直接に損害賠償責任を負うことはありませんが,コンピュータ・ウイルスを故意に混入させた場合とか重過失によってその混入をチェックできなかったときは,損害賠償責任を負った県から求償権の行使を受けことがあるかもしれません。
 このほか,その公務員について職務上の怠慢があったと認定できるときには,国家公務員法または地方公務員法上の懲戒処分が問題となることもあり得ます。


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Last Modified : Oct/22/1998